2023年のノーベル化学賞を受賞した左からムンジ・バウェンディ、ルイ・ブラス、アレクセイ・エキモフの各氏(12月7日ストックホルムで、写真:ロイター/アフロ)

 何かとあわただしい2023年が過ぎ去り、新しい2024年が始まりました。

 今回はおめでたい内容のコラムですが、本当は昨年(2023)10月に出稿したいと思っていたものです。結局、新年の連載となりました。

 日本の学術伝統、「学統」が、世界のサイエンスを牽引する大きな力になったケーススタディをご紹介しましょう。

 2023年のノーベル化学賞は「量子ドットの発見と合成」に対して、アレクセイ・エキモフ、ルイ・ブラスとムンジ・バウェンディの3氏に与えられました。

 エキモフ博士(1945-)は、名前から分かるかと思いますがロシア、というより旧ソ連出身です。

 1981年、ガラスの中にできた塩化銅の微細な結晶、ナノ結晶にミクロなサイズに伴う「サイズ効果」の特異な現象を初めて見出した、いわば「量子ドットの祖先」です。

 ソ連崩壊後は米国に移住し、米国企業でナノ結晶の研究開発に取り組んでいます。

 ルイ・ブラス教授(1943-)は、エキモフ博士が(やや取り扱いにくい)ガラスで見出したナノサイズ効果を、「コロイド状半導体」という、より取り扱いが容易な形で再発見しました。

 しかし、その合成は至難の業で、歩留まり良く質の高い「ナノコロイド粒子」を作ることは不可能とも思われた。

 それを実現したのがムンジ・バウェンディ マサチューセッツ工科大学(MIT)教授(1961-)ということで、この3氏が選ばれているわけですが・・・。

 この「ムンジ」という名前、どこの国の言葉だと思われますか?

 チュニジアです。バウェンディ博士はフランスのパリで、チュニジア人数学者の家庭に生まれ、いったんチュニジアに帰国したのち、子供時代に米国に移住しました。

 国籍的には米国人ですが、アフリカ系の出自を持つ科学者がノーベル賞の科学系3賞を受けるケースはいまだに極めて少なく、私の思いつく限りでは1999年にフェムト秒分光の創成で化学賞を受けたアハメッド・ズウェイル教授(1946-2016)以来、2人目ではないかと思います。

 そして、この「アフリカ系科学者」の画期的なノーベル賞受賞を、実は、日本のサイエンスの学統が名実ともに支えた裏面史を、お正月のトピックスとしてお話ししたいと思います。