新しい学校のリーダーズ中森氏が新しいアイドルの形と評価する新しい学校のリーダーズ(写真:ゲッティ/共同通信イメージズ)

 映画やテレビの演者に対し、好感を抱いた経験は誰もがあるだろう。そして好感を抱いた相手を熱烈に一定期間、応援したこともあるかもしれない。現在の日本において、その行為は「推し活」と呼ばれる。「推す」対象は、スポーツ選手やアニメのキャラクターにまで及ぶが、もともとの対象はアイドルである。

 自身の人生の全てをアイドルに捧げ、日本アイドル界を40年以上論じ続けてきた元祖アイドルオタク・中森明夫氏。中森氏はこの度、自身のアイドル評論人生を振り返った『推す力 人生をかけたアイドル論』(新潮社)を上梓した。「推す」とは何か、そして推される対象である「アイドル」はどのように変化してきたのか。中森氏に話を聞いた。(聞き手:関瑶子、ライター&ビデオクリエイター)

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──1971年に放送が開始されたテレビ番組『スター誕生!』によって、アイドルの暗黙のルール「若いこと」「未完成であること」「成長する過程をファンが応援すること」が形成されたと分析されています。未完成のアイドルは、なぜファンを魅了するのでしょうか。

中森明夫氏(以下、中森):アイドルが出てくる以前はスターの時代でした。スターのメインステージは映画館です。石原裕次郎さんや、美空ひばりさんは、遠いところから仰ぎ見るような存在でした。

 1971年に南沙織さんが17歳でデビューし、同年『スター誕生!』の放送が日本テレビで始まりました。テレビ番組はお茶の間で楽しむもの。さらに、『スター誕生!』は日本では初めての視聴者参加型のオーディション番組です。ブラウン管の中で一生懸命歌うアイドル候補生は、スターとは異なり、非常に身近に感じられました。

 未完成の若いアイドルの成長する過程をファンが応援する。これこそ「推す力」です。これは、完成されたスターを仰ぎ見るのではなく、アイドルとファンの共同作業です。この共同作業が、アイドルの魅力の一つだと私は考えています。

──1971年にデビューした南沙織こそが日本の新たな時代のアイドルの第1号であると書いています。お茶の間で身近に見られるということ以外に、南沙織さんにはどのような魅力があったのでしょうか。

中森:アイドル的な歌手であれば、1960年代から存在していました。ただ、60年代の歌手と70年代の歌手を比べると、前者のほうが圧倒的に完成度が高い。歌もファッションも、大人の魅力で溢れています。

 一方、南沙織さんは長い黒髪にミニスカート、独特の声でフレッシュさがあった。南沙織さんがデビューしたとき、私は11歳でした。初めて歌を聞いたときに、時代が変わったなと思ったことを鮮明に憶えています。

中森氏が日本の新たな時代のアイドル第1号だと語る南沙織(写真:共同通信社)

──先ほど、アイドルの条件として「未完成である」という点を挙げていましたが、昨今ではソロのアイドルはほとんど見られず、グループアイドルの活躍が多く見られます。これに関し、一部の芸能評論家は、日本にはずば抜けたスターが誕生しなくなった、誰でもアイドルになれるようになったため芸能人、特にアイドルの質が下がったと批判的な発言をしています。

中森:くだらない意見ですね。完成されたものの良さを語る多くの人は、西洋のエンターテインメントを基準に物事を評価しているのではないでしょうか。

 西洋って、キリスト教の一神教の概念が強い文化ですよね。完成された神の概念があって、それを模倣する偶像崇拝の風習があります。

 一方で、日本は八百万の神々の世界観を持っています。街のあらゆるところにお地蔵様や神様がいる。お祭りや神輿では、みんなで神様を担ぎ上げて、わっしょいわっしょい大騒ぎです。グループアイドルのライブに行っていただければわかると思いますが、本当にお祭り騒ぎですよ。

 この形は、日本独自のものかもしれませんが、何も西洋に劣るものではないと私は胸を張って言い切れます。

──日本独自のものということは、日本のアイドル文化は世界では受け入れられない可能性もあるということでしょうか。

中森:あなた、くだらない質問するねぇ(苦笑)。