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イランの画家アミール・ホセイン・アガミリさんが描いた、鬼ヶ島へ向かう桃太郎一行(C)Amir Hosein Aghamiriイランの画家アミール・ホセイン・アガミリさんが描いた、鬼ヶ島へ向かう桃太郎一行(C)Amir Hosein Aghamiri

(文:徳永勇樹)

日本で最も有名な昔話のひとつ『桃太郎』を、遠く離れた外国の伝統絵画の画家に描いてもらう。ただし、「絶対にインターネットで桃太郎について調べない」という条件付きで。そうして3カ国の画家による計23枚の「Momotaro」が完成し、今年12月に京都文化博物館にて展覧会を開催。来年1月以降、岡山と東京でも展示される。風変わりなプロジェクトはいかにして始まったのか。

「桃太郎さん、桃太郎さん、お腰につけた、きびだんご、一つ私にくださいな」

 日本人の中で、この歌を、この物語を、知らない人はいないであろう。筆者も、どこで習ったかも覚えていないが、なぜかそのストーリー展開は明確に覚えている。

桃太郎の発生』(花部英雄著)によれば、桃太郎の物語の来歴はよくわかっておらず、「各地に歴史的事実として地名や関係物等が保存され顕彰されたりしているが、それは昔話の伝説化に過ぎ」ないという。江戸時代に御伽噺として庶民の間に広く普及し、民俗学者の柳田國男氏が著作(『桃太郎の誕生』)でその起源を詳細に分析したことも知られている。

 2022年から23年にかけて、筆者と仲間数名は、桃太郎に因んだ少し変わったプロジェクトを実施した。日本では誰もが知っている桃太郎を、物語についての背景知識を持たない海外の画家に描いてもらう――題して「Momotaro Project」である。日本の伝統的な桃太郎の物語を、別の国の伝統に則って描くことで、お国柄や地域性が出た多様なMomotaroが仕上がるのではないか。そして、国境を越えた心のやり取りの場を作れるのでは、と考えたのだ。

 果たしてどんな絵ができあがったのか。その前に、なぜ筆者がこのような取り組みを始めたのか、それについて話した方が良いだろう。

インドネシアの画家イ・マデ・グリヤワンさんが描いた、出発する桃太郎を見送るおじいさんとおばあさん。よくみると近くにカエルが描かれている(C)I Made GRIYAWANインドネシアの画家イ・マデ・グリヤワンさんが描いた、出発する桃太郎を見送るおじいさんとおばあさん。よくみると近くにカエルが描かれている(C)I Made GRIYAWAN

文化が伝わらない国際文化交流への疑問

 何年も前のことだが、ある国で行われた日本の伝統文化を発信するイベントに参加する機会があった。日本ではよく知られているある伝統芸能について、日本から出向いた指導者が説明し、現地の人々に実際の体験を通じて知ってもらう、という趣旨の催し物だった。冒頭に主催者が日本とその国の相互交流の場にしたい、と説明していたが、果たして、現地からは100名程度の参加者が集まった。

 筆者は主催者ではなく一参加者だったのだが、指導員の説明も知らない内容ばかりで、自国文化に関する自らの無知を一人嘆いていた。やがて質疑応答の時間になると、筆者の隣に座っていた現地の女性参加者が、特定の所作について「この動きはどういう理由で行うのか」と質問した。ところが、それに対して指導員が明確な理由を示せず、苦し紛れに「これは、こういうものだから」と説明していて、その時の質問者の女性の不満げな表情に、言いようもない寂しさを感じた。

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