ただ、言うは易く行うは難し、とはこのことである。まず、筆者はプロの学芸員ではない。展覧会は企画する側ではなく観に行く側だし、絵画についての造詣もないから品評もできない。小中学生の頃、美術は大の苦手で評定は2か3しかとったことがない。また、よしんば絵の良しあしが分かったとしても、絵を描ける知り合いは、海外はおろか日本にもいない。

 仮に画家が見つかっても、コミュニケーションを取るための言語はどうすればいいのか? 絵が完成しても、日本にどう持って帰ってくればいいのか? まっとうな思考回路を持っていたら、「まあ、無理だろう」と判断してやめてしまうだろう。

根拠のない自信でプロジェクト立ち上げ

 だが、筆者には根拠のない自信があった。後押ししてくれたのが、筆者が今も働く総合商社での経験だった。総合商社というのは素人目線を持つプロの集まりだ。数年単位で担当する商材や地域が変わるが、一貫して与えられた職務を確実にこなす。筆者も、アジア、ヨーロッパ、北中米、アフリカ、中東と世界の多様な地域で仕事をした。当然、最初は素人であるが、半年以内にはその業務を1人でこなせるようになり、3年以内にはその商材や地域についてのプロになることが期待されている。今回も、全く畑違いの仕事ではあるが、不可能ではないという思いはあった。

 何よりも、やってみたいという思いが勝った。筆者は中学・高校時代に歴史が最も得意な科目で、暇さえあれば世界史の便覧を見て過ごしていた。大学生になって世界中を旅行する機会に恵まれ、社会人になってからは出張で海外に行く機会も多かった。これまでに訪れた国は計80カ国に上る。行く先々で博物館や美術館を訪れるたびに、高校生の頃に夢中で読んでいた便覧に出てきた絵画や造形物が目と鼻の先にあることに、密かに興奮を覚えていた。ただ、ガラスケースの先に手を伸ばすことは許されない。人類の英知は鑑賞するに限る、と半ば諦めてはいたが、心の中では絵を手に取りたい、何だったら、昔の貴族のように自分の好きな絵をプロの画家に注文して描いてもらいたい。

 謎の自信と歴史への愛が、筆者を駆り立てた。絵のことだって英語で情報が得られなくとも、翻訳機がこれだけ発達した時代において、全く情報がないことの方が珍しいくらいだ。諦める前にまずはやってみよう。そして、プロジェクトを思い立った翌日から早速行動に移った。高校卒業以来、埃を被っていた世界史の教科書と便覧を押し入れから取り出して、10年以上ぶりに広げてみた。久々に胸の奥が熱くなるような思いがした。まさか、その1カ月後には3カ国の伝統絵画の画家が見つかり、1年後には計23枚の絵が完成して、1年半後から日本国内3カ所で展覧会を開催できるなんて、その時には夢にも思わなかった。

あまりに便利なGoogle検索という諸刃の剣

 もちろん手元の情報(高校の教科書と便覧)だけでは足りないので、インターネットで世界中の伝統絵画を調べまくった。Googleで様々な国の伝統絵画を英語で検索し、出てきた情報をもとに様々な言語に翻訳し、関連しそうな情報を集めに集めた。

 今回のプロジェクトの趣旨は、各国のお国柄を比較するというものだったので、対象となる国を特定の地域に集中させることは避け、できるだけ分散させることだけは決めていた。いくつか自分の琴線に触れる伝統絵画があったので、その絵を描ける人を知っていそうな友人に声をかけたり、インスタグラムのハッシュタグ機能を利用したりして画家を探した。インスタグラムをひたすらにスクロールして、気に入った人に翻訳機を使って訳したメッセージを送り続ける姿は、さながらナンパ師である。

 そうしているうちに、なんと「協力してもいい」という人が出始めた。調べ始めてから2日目のことだった。まさに、求めよさらば与えられん、とはこのことである。しかし、ここで大事なことを忘れているのに気付いた。肝心の物語を決めていなかったのだった。

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