民放の本業である放送収入の減少が顕著である。その収益改善策として、キー局は番組制作費を削減してきた。しかし、番組のクオリティー低下を招き、巡り巡って放送収入減少につながりかねない。負のスパイラルに陥るということだ。今夏のドラマ『VIVANT』のヒットは、裏を返せば良質な番組が減っている現状を示しているのではないか。コスト削減に終始するのではなく、視聴者の期待にこたえ、テレビの存在意義、媒体価値を高める必要がある。
(岡部 隆明:就職コンサルタント、元テレビ朝日人事部長)
TVerの成長を歓迎できない放送局
民放による広告付き無料動画配信サービス「TVer」が右肩上がりで伸びています。8月の月間ユニークブラウザ数が3000万を突破し、過去最高を更新したそうです。ユニークブラウザとは、一定の期間内に、Webサイトに訪れた重複しないユーザー数で、1人のユーザーが何度も同じWebサイトを訪れても1人と数えられます(ただし別のブラウザから訪問した場合は別ユーザーとしてカウントされます)。
TVerのアプリをパソコンやスマートフォンなどにインストールすれば、番組を見たい時に好きな場所で見られます。今夏の一番人気のドラマだったTBSの『VIVANT』を「TVerで見た」という人が私の周りに何人もいました。放送業界では、存在感を示し始めたTVerの可能性に期待する機運が高まっているように感じます。
TVerは、民放キー局が主要株主で、大阪の民放、広告代理店も出資しています。出資先企業の成長は本来、喜ばしいはずですが、放送局の中にはTVerの成長をそれほど歓迎しない人もいます。
地上波のCMセールスに励んでいる、ある営業マンは、動画配信が地上波放送を侵食していく現実を冷静に受け止めつつも、「このままではリアルタイムで見るのはスポーツくらいになってしまう」と焦燥感をあらわにしていました。
彼のように民放関係者がリアルタイム視聴にこだわるのは、広告主(スポンサー)がCMを飛ばされるのを嫌うからです。視聴者にはリアルタイムで番組を見てもらい、CMを目にする機会を増やして欲しいのです。
TVerは2022年からテレビとの同時配信も始めており、それまでの見逃し視聴に加えて、リアルタイム視聴も可能になりました。それでも、動画配信は時間や場所を選ばず視聴できる利便性が強みなので、テレビの前で番組を見てもらう機会が減るのは避けられません。以前から録画によるCM飛ばしは民放の悩みの種でしたが、TVerのような動画配信サービスの広がりは、その悩みを助長し、「地上波セールスのダメージになる」と営業マンはため息をつきます。