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『マネジメント』(ダイヤモンド社)をはじめ、2005年に亡くなるまでに、39冊に及ぶ本を著し、多くの日本の経営者に影響を与えた経営学の巨人ドラッカー。本連載ではドラッカー学会共同代表の井坂康志氏が、変化の早い時代にこそ大切にしたいドラッカーが説いた「不易」の思考を、将来の「イノベーション」につなげる視点で解説する。

 今回も前回に続き、宅急便の生みの親・小倉昌男氏とドラッカーの共通点を紹介する。深刻な対立関係にあった労働組合の意見を、なぜ小倉氏は積極的に取り入れたのか。その背景には、「意思決定は見解からスタートせよ」と語ったドラッカーの考え方と通じるものがある。

変革のための意思決定

 ヤマト運輸の宅急便は、日本の物流を一変させた。しかし、その道のりは決して平坦ではなかった。企業がイノベーションを成し遂げるのは生易しいことではない。その過程には無数の意思決定が存在し、特に異なる視点を積極的に取り入れることが不可欠だ。本稿では、ドラッカーの意思決定論とヤマト運輸の挑戦を重ね合わせながら、その本質を探る。

 意思決定にはファクトが何より大事だとされる。とにもかくにもエビデンスがなければならないと考えられている。だが、少し待ってほしい。

 ファクトやエビデンスとはそれほど自明のものなのか。事実が大事だとしても、その「事実」というものに本当に到達できているのか。どれほど明確な事実に見えようとも、それは誰かの解釈を経たものであり、意味付けされたものに過ぎないのではないのか。簡単に言えば、事実とは誰かが「つくった」ものではないのか。

 ドラッカーは、意思決定においてファクトともエビデンスとも言わず、「見解からスタートせよ」と言った(『経営者の条件』ピーター・F・ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社)。なぜか。事実とは単なるデータの集合に過ぎず、それ自体には意味がない。大事なのは、事実の「解釈」であり、「意味」なのだ。

 例えば、雨が降っているとする。これは気象学的には一つの事実かもしれない。しかし、それだけでは何も説明していない。農家にとっては恵みの雨であるが、結婚式を挙げる二人にとっては不運な雨である。同じ事象でも意味は異なる。つまり、ドラッカーは、事実そのものよりも、それに伴う意味の方が大事だと考えたのだ。