
『マネジメント』(ダイヤモンド社)をはじめ、2005年に亡くなるまでに、39冊に及ぶ本を著し、多くの日本の経営者に影響を与えた経営学の巨人ドラッカー。本連載ではドラッカー学会共同代表の井坂康志氏が、変化の早い時代にこそ大切にしたいドラッカーが説いた「不易」の思考を、将来の「イノベーション」につなげる視点で解説する。
今回も前回に続き、宅急便の生みの親・小倉昌男氏とドラッカーの共通点を紹介する。「理解できないこと」「不合理なこと」に直面したとき、二人はどう考え、新たな成果に結びつけたのか?
隠された一つのパターン
ヤマト運輸の元社長・小倉昌男が書いた『小倉昌男 経営学』(日経BP)を読んでいると、まるで謎解きをしているようなワクワクする瞬間が何度もある。さらに、著者自身が森の中で迷い、途方に暮れる様子が率直に描かれている点も魅力的だ。むしろ、そのような場面こそ筆が冴えているように感じられる。
迷いから一転、解決法を編み出し、実行していく姿──。子細に見ていくと、そこには一つのパターンが存在することに気付く。
小倉昌男は、一つの謎に突き当たると「右往左往」する。自ら現場に出向いたり、人の話を聞きながら試行錯誤を重ねる。そして、仮説を立てるが、たいていはうまくいかない。それでも粘り強く、仮説と検証を繰り返していくうちに、「これだ!」とひらめく瞬間が訪れる。その過程はまるで推理小説のようで、ゾクゾクする場面だ。
このパターンの根底にあるものを私なりに要約すれば、「顧客はしばしば謎であるが、きちんと見れば、それでもやはり合理的」となる。
奇異な事柄
ここで、コナン・ドイルの書いた探偵小説の古典の主人公シャーロック・ホームズの台詞に少しばかり耳を傾けてみたい。『緋色の研究』(新潮文庫)の一節である。
「奇異な事柄はつねに推理の妨げどころか手がかりになってくれる。(略)もっとも肝心なのは、逆向きに遡って推理する能力だ。これは大いに役立つうえ、すこぶる簡単に身につく術でもあるんだが、一般にはあまり活用されていない。日常の出来事は推理を前に向かって進めるほうがなにかと便利だから、後戻りすることはおろそかにされがちなんだ。割合にすると、総合的に推理できる者が五十人いるとすれば、分析的に推理できる者はたった一人しかいない」