英国を震撼させたジミー・サヴィル事件

 ジミー・サヴィルとは、英国で最も人気と影響力のあった司会者の一人だ。1926年にイングランド北部のリーズで生まれ、2011年10月に84歳で死去した。

 サヴィルはBBCで1964年に放送が始まった人気音楽番組や、75年からは子供の願いを叶える企画を実現する同氏の名前を冠した番組の司会などを長年務め、押しも押されもせぬ大スターにのしあがった。医療機関でのボランティアや多額の寄付金を募るなど数々の慈善事業に尽力したなどとして、大英帝国勲章のオフィサー(将校、OBE)の称号やナイトの爵位まで授与されている。英王室からも同氏の功績が認められていたということだ。

2歳から75歳の男女に40年以上にわたって性加害をしたとされる英国の名物司会者ジミー・サヴィル(写真:Shutterstock/アフロ)

 サヴィルの悪業が暴かれたきっかけは、死後の翌年である2012年に英大手民放のITVが長年噂されてきた性加害について大きく報じたことだ。その後の捜査で、単独の加害者による性被害の申し立ての数としては当時、「史上前例がない」とまで言われた。

 当初は、死亡直後にBBCの看板報道番組「ニューズナイト」(NHKのクローズアップ現代に類似する)が、様々な性加害疑惑について被害者の声も含めて放送するはずだった。しかし、編集幹部により「検察が証拠不十分としている」「インタビューに応じた被害者の証言の信憑性に不安がある」などとされ、放送を見送った。

 サヴィルの所業を暴いたBBCの2人の取材者は、報道を渋るBBC上層部に抗ってライバルのITVに全ての情報を提供した。その経緯などについては、21年11月に英ガーディアンが詳報している*4。ドキュメンタリー映画さながらの展開が克明につづられ読み応えもあるので、特に報道関係者には一読に値する。

 *4How two BBC journalists risked their jobs to reveal the truth about Jimmy Savile (2021年11月2日付、英ガーディアン)

 記事によると2人の取材者は、自分たちを信頼し、勇気を出して告発してくれた被害者の悲痛な声を自らの手で伝えられないならと、ITVにネタを持ち込んだという。取材者にとって、この様な被害に遭い口の重い取材先と信頼関係を構築し、長年隠蔽された性加害などという困難な事象の事実関係を掘り起こす作業を経て得た情報は、大事な生命線だ。

 その情報を全て競合他社に託さねばならなかった無念さは、同じ取材者としてどんなに悔しかっただろうと、察するに余りある。そしてその悔しさは今回、ジャニー喜多川氏の所業を知りながらも、海外メディアであるBBCにある意味託さざるを得なかった国内の取材者らに、どこか通じるような気さえもする。  

 BBCの取材者らはその後退社しているが、その内の1人だったレポーターは、他局の看板報道番組で同職についた。職を賭してこの問題を明るみにした2人には敬服するが、この件に関しても日英の取材者の質を安易に比較することはできない。英国には企業のレールを外れても、社会的に敗者復活できる土壌が日本とは異なるからだ。

 BBCが告発番組の放送を中止したのは、同局が予定していたサヴィル追悼番組とぶつかる、という理由だったと指摘されている*5。また、これに関しては後の調査で、「欠陥のあった判断ではあっても、不適切な圧力はなかった」と結論づけられている*6

*5Jimmy Savile: BBC scrapped investigation after Newsnight came 'under pressure' from senior managers(2021年10月12日付、英テレグラフ)
*6The Pollard Review(2014年2月27日付、BBCトラスト)