専門医資格取得との交換条件で勤務先を指定

 なぜ、若手医師は、このような環境で働くのか。それは、専門研修プログラムを終えないと「専門医資格」を取得できないからだ。

 この専門医資格も曲者だ。認定するのは、日本専門医機構だ。専門医としての実力を評価するだけなら、対面や筆記の試験をすればいい。必要なら実技を課すことも可能だ。ところが、日本専門医機構は研修指定病院を認定する。つまり、若手医師を強制配置する権限を有する。彼らは、その目的の中に、専門医の偏在是正を掲げるくらいだ。

 注目すべきは、この組織が一般社団法人で、同機構の理事の多くを大学教授が務めることだ。大学教授たちが一般社団法人を立ち上げ、専門医資格の取得との交換条件で、若手医師の勤務先を指定するのは、独占禁止法などに抵触するのではないか。ところが、厚労省は処分することなく、毎年1億円程度の補助金を出している。

 厚労省も、流石に問題視した。厚労省は縦割りだ。医療政策を仕切るのは旧厚生省系の医系技官だが、労働問題を扱うのは旧労働省系の官僚たちだ。

 彼らは、医師に対しても時間外労働の上限を年間960時間と定め、2024年度から実施する。地域医療や救急医療にかかわる医療機関などについては、年1860時間に引き上げる特例を都道府県が審査するが、この影響は甚大だ。

 厚労省は、大学医局から医師が派遣されている病院での労働時間も時間外労働に算入せよという主旨の通知を出しており、この制度が運用されれば、後期研修制度に頼った病院運営の前提が崩れ、医師不足に悩む地域医療は崩壊するだろう。

 このことについては、私は既視感がある。2003年から04年にかけての医師の名義貸し批判だ。北海道などの僻地の病院で、実際に勤務していないのに給料を貰っている医師がいることが問題視された。

 実は、「僻地の病院にとって医師の名義貸しは必要悪だった」(地方大学医師)。僻地の病院は恒常的に医師不足に悩む。一方、都市部の大病院には、腕を磨くために若い医師が集まる。その中には無給の医師もいた。この問題を調整していたのが医師のアルバイトだった。若手医師にとって唯一の収入源になったと同時に、地方の病院は、大学や大病院に所属し、アルバイトとしてやってくる医師を「常勤」として雇用し、医師不足を解決していたのだ。

 世間の批判を受けた厚労省は、このような事情を考慮することなく、規制を強化した。2003年度の厚労省による病院への立ち入り検査後の処分数は62件と、前年(26件)から倍増した。2002年には診療報酬の価格が1.3%値下がったこともあり、2002年以降、病床数、病院数は、毎年0.3%、0.5%程度減少した(厚労省病院報告、医療施設調査)。厚労省は、病床あたりの常勤医師数を規定している。僻地の病院の中には、この基準を満たせないところもあった。実態は、アルバイト医師に依存していた病院の倒産だ。これが、2000年代後半の医療崩壊騒動の始まりだ。

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