マッキンゼー・アンド・カンパニーは、企業形態としてはパートナー制を採用している。これは古典的プロフェッショナルとしての弁護士以外には、会計士や建築士などの企業でも採用されている。

 私は、このシステムを採用したことが、マッキンゼー・アンド・カンパニーが飛躍した理由の1つだと考えている。それは、プロフェッショナルの集団に相応しい仕組みだからだ。

 プロフェッショナルの特徴は、開業するのに巨額の設備投資を要しないことだ。知識、経験、人脈だけが財産だから、人間関係や職場が嫌になれば、簡単に移動できる。契約で縛っても無駄だ。プロフェッショナルの集まりは、経営における責任と収益を分担するパートナー制が似合っている。

 私は、病院と医師が雇用契約を締結する勤務医という在り方を見直すべきだと考えている。ロボット手術など一部の先進医療を除き、医師の診療に大きな設備投資は要らない。特にプライマリケアでは、その傾向が強い。プロフェッショナルによるパートナー制こそ、医師に相応しい組織だ。

自由度を増すことが医師の働き方改革

 医師が独立したプロフェッショナルとして働くことが出来れば、今回の自殺で問題となった若手医師の学会発表の準備が、業務なのかプライベートなのかという問題も解決される。

 医師の武器は、頭の中の知識と、診療の蓄積による技量だ。患者さんから信頼を獲得して、医師として食っていきたいなら、診療時間以外に勉強するしかない。同業者が集まって勉強する機会が学会だ。

 今回、学会発表や論文作成など活動が「自己研鑽」として業務外の取扱いとなったことが問題となったのは、この医師が勤務医として病院と雇用契約を結んでいたからだ。医師は勤務医という名前の「労働者」として扱われ、病院はコストとなる自己研鑽を業務とは認めたがらない。甲南医療センターが、後期研修医として雇用していた若手医師に対し、自己研鑽の時間を削ろうとしたことは示唆に富む。病院経営者の本音なのだろう。

 医師は個人事業主としての性格が強い。修業時代は先輩の下で学び、やがて独立する。どの程度働き、どの程度研鑽するかは裁量に任される。別に特定の1つの病院に勤務する必要はなく、複数の病院で非常勤として働いてもいい。現在の勤務先が自らと合わなければ職場を変えればいい。雇用契約でなく、独立事業者として病院と業務委託契約を結べば、さらに働き方の自由度はあがる。勉強のための教科書の購入や学会参加費も経費に計上できる。

 なぜ、日本の医師の世界でパートナー制度が発展しないのか。それは、この制度が広まれば、研修病院などに認定されている病院が損するからだ。医師調達コストが上昇する。

 では、どちらの方が患者や若手医師にとっていいのか。医師の働き方の自由度を増すことで、自分にあった研修方法を選択できる方が医師の技術は上がり、患者にとっては安心だ。複数の勤務選択肢があれば、過重労働や自殺のリスクも減るだろう。実は、これこそが歴史的には「普通」の医師の働き方なのだ。医師の働き方改革には、歴史的視点に立った本質的な議論が必要だ。

上昌広
特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。 1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。

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