医療は複雑系だ。不祥事が起こった際に、世論に便乗した厚労省が規範論を持ち出して、大改革してもろくなことはない。今回の若手医師の過重労働問題も同じだ。

医師は本来の意味での「プロフェッショナル」

 では、どうすればいいのか。その働き方を考えるなら、医師とは何か、その歴史に遡って議論すべきだ。

 私が注目するのは、医師がギリシャ、ローマ時代からの古典的プロフェッショナルであることだ。プロフェッショナルの語源は“profess”で、「pro=前」で「fess=話す」という意味を持つ。これは中世の欧州で、医者・法律家・聖職者が養成機関を卒業し、その職に就く前に神に対して「自らの専門的な技能を用いて、社会(医師の場合は患者)のためにベストを尽くす」と宣誓する(神の前で話す)ことに由来する。

 いずれの職種も高度で専門的な技能を要し、一般人とは情報の非対称が存在する。このような状況下では、専門家が素人を欺くことが容易だ。このため、医業におけるプロフェッショナルには「全ての知識を患者のために用いる」という自己規律が求められた。米国の多くの医学校では、臨床実習を始める前の白衣授与式で「ヒポクラテスの誓い」が読まれるのは、このような伝統を引き継いでいるためだ。

 これが古典的な意味での「プロフェッショナル」だが、20世紀に入り、多くの職業が「プロ」と呼ばれるようになった。プロ野球選手、プロダンサーなど、顧客から金をとる仕事をする人が、アマチュアと対比する意味で語られることが増えた。さらに近年は「プロ経営者」や「営業のプロ」など、複数の会社を渡り歩き、もっぱら1つの職種をこなす人のことを言うようにもなった。これは、本稿でのプロフェッショナルとは異なる概念だ。

医師には「雇用契約」よりも「パートナー制」を

 では、古典的な意味でのプロフェッショナルは、現代になってどう発展しただろう。ご紹介したいのはマービン・バウワー(1903~2003)だ。世界的なコンサルティング会社「マッキンゼー・アンド・カンパニー」の中興の祖と呼ばれている人物だ。

 余談だが、この人物に興味がある方は、『マッキンゼーをつくった男 マービン・バウワー』(エリザベス・イーダスハイム著、村井章子訳、ダイヤモンド社)をお読み頂きたい。

 話を戻そう。マッキンゼー・アンド・カンパニーは、1926年にシカゴ大学の会計学教授だったジェームズ・マッキンゼー(1889~1937)が立ち上げた会社だ。マッキンゼーは1937年に48歳で亡くなる。その後、同社を発展させたのが、1933年に入社した弁護士出身のバウワーだった。彼は60年以上にわたってマッキンゼーを率い、大企業の戦略策定に比重を置くスタイルを確立した。

 この際、彼が留意したのは、プロフェッショナルとしてのコンサルタントだ。バウワーが主張するプロフェッショナルの条件は医師や弁護士と同様、専門的知識や技能を有し、顧客のために働くことだ。その際、報酬は顧客から頂く。情報の非対称があるため、自己規律が必要だ。

◎新潮社フォーサイトの関連記事
性に関わるY染色体、その遺伝的謎が解明された
戦時下でも観光客が集まるクリミアの夏
「AI vs. AI」の株主総会が現実に? AIはいま、市場の何を変えつつあるか