「抱え込み」の代表は「医学部地域枠制度」だ。医学部受験時に別枠で入学が認められる。その際、都道府県と契約し、奨学金貸与と引き換えに、卒業後には地元での勤務が義務付けられる。勤務先は都道府県が指定し、多くは国公立病院だ。国公立病院を経営する自治体にとっては、若手医師抱え込み対策として機能する。

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 医学部地域枠制度は、形式上は都道府県などと医学生の民民契約に過ぎないが、途中で地域枠から離脱した医学生に対しては、厚労省が研修医として雇用しないようにと病院に通知するなど、厚労省が後押ししている。違法と言われても仕方がない所業だが、医療界、メディア、政治の世界から反対の声は上がらない。知人の医師免許を有する国会議員は「職業選択、居住の自由など憲法違反の可能性が強く、このようなことをするなら、本来、国会で立法すべきで、都道府県が民民契約で済ませていい話ではない。ただ、医師不足を緩和する制度と言われたら、政治家は反対できない」という。

「専攻医研修」修了で「雇い止め」

 自殺した医師は専攻医(旧後期研修医)だった。「新専門医制度」も、一部の病院にとっては、医師抱え込み制度として機能している。

 我が国で若手医師は、医学部卒業後の2年間の初期研修医と、その後の3~5年程度(専攻する専門科によって年限は異なる)の専攻医に大別される。前者は医師法に規定され、初期研修病院には、厚労省から補助金と引き換えに厳しい規制が課される。

 この新専門医制度こそが、病院運営にとっては有り難い。未熟な初期研修医と違い、専攻医は、一般診療から雑用まで何でもこなすからだ。

 厚生労働省が2020年に発表した「医師の働き方改革の推進に関する検討会」の参考資料では、20代の男性医師の週の平均労働時間は61時間34分、同女性医師は58時間20分だ。前述の理由で、専攻医だけに絞れば、さらに労働時間は長いだろう。

 一方、若手医師の給与は低く、待遇も悪い。さらに、研修は専門医資格を得るための自主的な修業期間とみなされており、有期雇用が多い。国立大学や国公立病院など定員が決まっている組織では、専門研修プログラム修了後の医師を、そのまま常勤には出来ず、こういう形で若手医師を受け入れるしかない。

 この結果、医学部卒業後5~7年を経験した中堅医師が、専門研修プログラムを修了したということで「雇い止め」される。この時期は、女医は結婚・妊娠で働けなくなることも多い。病院経営者にとっては都合の良い仕組みだ。

 待遇も悪い。今回、自殺した医師の場合、650万円の年俸制だ。時間外手当ては「月30時間を超える場合に、超えた時間分を支給」とある。

 ただ、これでも大学病院と比べればまだましだ。東京医科大学病院は、ホームページに「月額20万円+夜勤手当、超過勤務手当等」と公表している。専攻医は、生計を立てるため、休日にアルバイトに勤しむことになる。過労になるのもやむを得ない。

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