新潮社の会員制国際情報サイト「新潮社フォーサイト」から選りすぐりの記事をお届けします。
スーパーバンタム級世界戦で8回、スティーブン・フルトン(右)にパンチを浴びせる井上尚弥(写真:共同通信社)

(文:林壮一)

あのマイク・タイソンをして「マニー・パッキャオ以上」の逸材と言わしめた井上尚弥。パッキャオといえば、「世紀の一戦」と呼ばれた2015年のメイウェザー戦で約170億円とも言われるファイトマネーを手にした伝説のボクサーである。かたや井上は、7月末に4階級制覇を成し遂げた時のファイトマネーが5億円とされる。“モンスター”が市場価値に見合った正当な収入を得るためには、本格的な米国進出が必要だ。

 7月25日、日本ボクシング界期待の星、井上尚弥(30)が、米国のスティーブン・フルトン(29)を8ラウンド1分14秒でノックアウトし、世界タイトル4階級制覇を果たした。これで井上の戦績は25戦全勝22KO。

 プロデビュー以来、井上が獲得したベルトは、日本ライトフライ級、OPBF東洋太平洋ライトフライ級、WBCライトフライ級、WBOスーパーフライ級、バンタム級では主要4団体であるWBA、WBC、IBF、WBOの全て、そして今回のWBC/WBOスーパーバンタム級タイトルと、10本になる。

 井上のプロ4戦目の相手であり、日本ライトフライ級タイトルを懸けて拳を交えた、元WBA/IBF同級チャンピオンの田口良一(36)は、脱帽しながら語る。

「井上尚弥は、まるで漫画ですよ。漫画の世界には、飛び抜けた凄いキャラクターの主人公がいるじゃないですか。井上くんは、もはやフィクションを超えた領域まで達しているんじゃないかな」

 今日までに、日本からは98名の世界チャンピオンが誕生したが、これほど圧倒的な強さを見せた男がいただろうか。井上のリングシューズやガウンの作成を担当するミズノ社の担当者は「自分が生きている間に、こんな選手に出会えた幸せを噛み締めています」と話す。高いKO率が示すように、常に獲物を仕留める井上のスタイルは、海外でも絶賛されている。まさに、所属ジムの大橋秀行会長が名付けた「モンスター」そのものだ。

ボクシング記者が井上尚弥の4階級制覇を見なかった理由

 ボクシング界には〈パウンド・フォー・パウンド〉という言葉がある。最軽量のミニマム級から最重量のヘビー級まで、17階級の世界王者が、もし同じ条件(体重)で戦ったとしたら、誰が一番強いか? という架空の議論だ。モハメド・アリとマイク・タイソンが試合をしたら、どちらが勝ったか――に近い談であり、実際に戦う訳ではないのだから無意味だと主張する声もある。だが、パウンド・フォー・パウンド・ナンバーワンの座を目指している現役選手が多いのも事実だ。

 7月末以降、米国の大手ボクシングメディアが、各々のパウンド・フォー・パウンド・ランキングを発表したが、おしなべて井上尚弥は2位。1位は、井上vs.フルトン戦の5日後にラスベガスで催されたWBA/WBC/IBF/WBO統一ウエルター級タイトルマッチの勝者、テレンス・クロフォード(35)だった。

 筆者は、WBOチャンピオンのクロフォードが、WBA/WBC/IBFの3冠王者だったエロール・スペンス・ジュニア(33)を第9ラウンド2分32秒でKOする様を現地で目にした。試合内容は甲乙付け難いものの、ボクシング市場を鑑みれば、クロフォード支持者が井上のそれを数で上回るのは致し方ないと感じざるを得なかった。

◎新潮社フォーサイトの関連記事
バスケットボールは「人生」――W杯共催国、フィリピンの人々のバスケ愛
習近平「国家安全」への執心が世論を統べるメカニズム
第1回 百田尚樹『日本国紀』にはなぜ「史観」がないのか