クロフォードvs.スペンス戦のゴングが鳴る5時間前、メディアルームで顔を合わせた12名の記者に、この日の予想と、WBC/WBOスーパーバンタム級タイトルマッチの印象を訊ねたが、大半のボクシングジャーナリストの答えが「井上の圧勝という結果は知っているが、試合映像はハイライトでしか見ていない」というものであった。驚くことに、実際にTV観戦した数は12人中、僅か3名に過ぎなかった。

 それもそのはず、米国において、井上vs.フルトン戦の前座を含めた番組がESPN+でオンエアーされたのは、7月25日火曜日のニューヨーク時間午前4時30分、ロスアンジェルス時間の午前1時30分である。メインイベンターである井上が画面に登場したのは、アメリカ合衆国東部時間の午前8時、西部時間の午前5時だった。

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 WBA/WBC/IBF/WBO統一ウエルター級タイトルマッチを含め、ボクシングの本場、アメリカにおいて、ビッグマッチは土曜日の夜に開催されるのが常だ。ボクシングジャーナリズムに身を置く人間でさえ、目にするのが困難な時間に放送したため、見たくても叶わなかった実情がある。仕事への影響を考慮し、睡眠時間を確保したかったボクシングジャーナリストたちがハイライトしか見ていないのであれば、おのずとパウンド・フォー・パウンド・ランキングの投票にも影響するというものだ。

ボクシングのウエルター級世界4団体王座統一戦で、エロール・スペンス(右)にパンチを繰り出すテレンス・クロフォード(写真:ゲッティ=共同)

井上のファイトマネー5億円ははたして妥当なのか

 井上vs.フルトン戦をオンエアーしたESPN+はスポーツ総合チャンネルで、24時間、MLB(メジャー・リーグ・ベースボール)を始めとした様々な競技を放送している。加入料金は10ドル弱(税抜き。約1400円 ※1ドル=140円で換算、以下同)。一方、クロフォードvs.スペンス戦の放送権を得たSHOWTIMEは、今日、世界中で最もボクシング中継に力を注ぐケーブル局で、1カ月11ドル(1540円)弱でボクシングの他に映画やドラマなども楽しめる。敏腕プロモーターも、マネージャーも、自身が抱えるファイターがSHOWTIMEと契約することを願っている。それが成功の証と呼べるからだ。

 とはいえ、SHOWTIMEの視聴者たちにとって、大規模な世界タイトルマッチは懐が痛む。PPV(ペイ・パー・ビュー)での放送となるため、さらに料金を支払わねばならないのだ。今回の4冠統一ウエルター級タイトルマッチの視聴料は、84.99ドル(約1万2000円)だった。

 PPVの売り上げは、ボクサーの収入を大きく左右する。4冠統一ウエルター級タイトルマッチは、少なくとも65万件の購入者がおり、5525万ドル(77億3500万円)以上の収益を上げた。そこからSHOWTIMEの取り分を除いた残りを、2人のチャンピオンが50%ずつ手にした。入場券の売り上げは2100万ドル(29億4000万円)。最低保証された両者のファイトマネーが1000万ドル(14億円)であるため、トータルすると、クロフォードもスペンスも最低2500万ドル(35億円)ずつを稼ぎ出したことになると、元ESPNのボクシング記者であるダン・ラファエルは述べる。

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