英紙ガーディアンなどによると、スミス被告のスパイ活動は3年に及び、大使館の鍵のかかっていない書類棚や机の上にあったボリス・ジョンソン英首相(当時)宛ての書簡などの機密文書をコピーしたり、国防に携わる大使館員の自宅住所や電話番号を漏洩したりしていた。机の上にあったパーソナルな家族写真を撮影してUSBメモリに保存していた。

軍服姿のプーチンがナチス軍服のメルケル前独首相の首を押さえつける漫画

 漏洩した機密の中には大使館でロシア問題を担当する「外交官X」と呼ばれる人物が書いた機密性の高い文書も含まれていた。元英国空軍航空兵のスミス被告は18年7月、ロシア語話者のウクライナ人女性と結婚。しかし妻はウクライナ東部ドンバスに戻ったため、スミス被告はフラットに独り残され、1日最大7パイントのビールをジョッキで飲んでいたという。

 英国大使館のスミス被告のロッカーの内側には軍服姿のプーチンがナチスの軍服を着たアンゲラ・メルケル前独首相の首を押さえつける漫画が貼られており、ドイツ語で「ロシアよ、われわれをもう一度自由にして下さい」と書かれていた。スミス被告の自宅にはロシア国旗とロシア軍の帽子をかぶった犬の等身大のぬいぐるみが飾られていた。

 プーチンはウクライナ侵攻前からスパイ活動を冷戦期以上にエスカレートさせてきた。06年に元ロシア連邦保安庁(FSB)幹部アレクサンダー・リトビネンコ氏(当時44歳)がロンドンのホテルで紅茶に放射性物質ポロニウム210を入れられ、毒殺された。それまで国外では羊の皮をかぶっていたプーチンが牙をむいた瞬間だった。

元FSB職員だったアレクサンドル・リトビネンコ氏。英国に亡命し、反ロシア活動に従事。プーチン政権の内幕を暴いた本を執筆したりしていたが、2006年11月、突如として体調不良を訴え入院、およそ3週間後に死亡した。彼の体内からは放射性物質ポロニウム210が検出された(写真:AP/アフロ)

 18年には英イングランド南西部ソールズベリーでロシアの元二重スパイとその娘が兵器級の神経剤ノビチョクで暗殺されそうになる事件が発生。意識不明だったスパイ父娘は一命をとりとめたが、元二重スパイ宅に駆けつけた捜査員も意識不明の重体になり、ノビチョク入り香水瓶を拾った男性も重体、手首にふりかけたパートナーの3児の母親は死亡した。

 この事件に英国中が震撼した。