帝政ロシア、旧ソ連時代を含め、日本にとってロシアは脅威である一方、隣国として付き合わざるを得ない微妙な関係の相手である。2022年に勃発したロシアによるウクライナ侵攻もあり、日本では防衛力強化が大きな論点になっている。果たして防衛力の強化は、力による一方的な現状変更の抑止力として期待通り機能するのだろうか。ウクライナ侵攻までの経緯も踏まえ、ロシアの論理を熟知する元駐露外交官が考える国防の条件とは何か。
(*)本稿は『ロシアの眼から見た日本 国防の条件を問いなおす』(亀山陽司、NHK出版新書)の一部を抜粋・再編集したものです。
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◎一度受け取ったら絶対に返さない、10年超の外交経験で見たロシア人の手強さ
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ウクライナの防衛力欠如がロシアの侵攻を招いたわけではない
日本ではウクライナ侵攻を受け、日本の防衛力の強化の必要性が改めて議論され、敵基地反撃(攻撃)能力を保有することが必要だという閣議決定がなされたことは記憶に新しい。
2022年12月には、国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画の三文書が策定された。国家安全保障戦略が最上位の政策文書とされ、その下にこれまでの防衛計画の大綱にあたる国家防衛戦略が置かれているが、この中で、ロシアによるウクライナ侵攻の例が防衛上の課題として挙げられている。
そこで指摘されている課題、すなわちウクライナ侵攻の教訓とは、ウクライナがロシアによる侵攻を抑止するための十分な能力を保有していなかったことであるとされる。そして、力による一方的な現状変更(侵略)は困難だと認識させる抑止力が必要であり、相手の能力に着目した防衛力の構築が必要とされている。
しかし、ウクライナ侵攻から我々が学ぶべきものは防衛力強化だけなのだろうか。
これは、ロシアや中国などから攻撃が仕掛けられる前提での議論である。もちろん、攻撃の抑止のために防衛力を整備することは主権国家の義務であり、適切に進めていくことは当然である。
しかしながら、防衛力の強化が必ずしも抑止につながるとは限らないことも同時に認識しておく必要がある。ウクライナ侵攻が示したのは、防衛力の欠如がロシアの侵攻を招いたということではなく、むしろ逆だからである。