ドラマでは信玄にビビり、しょぼく描かれた家康
信玄が同盟を破棄してまで、今川領に攻め込んだのには理由がある。甲斐国には山岳地帯が多く耕地面積が少ないため、農業による収穫が乏しい。金山が枯渇すれば、たちまち財政がひっ迫するのは目に見えているからである。
だからこそ、信玄は海に面した土地を手に入れることで、海上交易の利をとろうとした。越後の上杉謙信に何度も戦いを挑んだのも、そのためである。しかし、立ちはだかる上杉謙信になかなか勝つことができない。そんなときに起きたのが「桶狭間の戦い」だった。
今川義元が討たれたとなれば、今川氏の弱体化は必至である。信玄からすれば、同盟を破棄するこれ以上ないタイミングであり、それを実行したに過ぎない。ただ、今川領は三河の松平元康、つまり、家康が侵食している真っ最中であり、お互いの攻め込む場所を決めておかなければ、家康と戦いながら今川を攻めなければならなくなってしまう。
そこで、信玄は家康と密約を結ぶべく動き出す。ドラマでは、家臣とともに石に腰掛ける家康のもとに、いきなり信玄が現れて、驚かせている。信玄はおもむろに団子を取り出し、今川領について家康と交渉を始める。
「今川領・・・駿河と遠江。駿河からは我らが、遠江からは、そなたが互いに切り取り次第で、いかがか」
そして、団子を家康の口に押し付け「ようござるな」と威圧。家康は逆らうこともできず、団子を半分だけかじり、信玄が残りの1個半を食べ尽くしている。密約における二人の力関係がよくわかる名シーンとなった。
この密約については、江戸幕府の公式史書『徳川実紀』でも書かれている。信玄は使者を通じて、次のように提案したという。
「大井川を境にして遠江はそなたのお心のままに統治されるべきである。駿府は信玄の意のままにお任せください」
それに対して家康は「では遠江の国を切り取って従わせよう」と返答したとある。『徳川実紀』ということもあり、信玄がどこか下手に出ているようで、家康がむしろ堂々としている。ところが、『どうする家康』の場合は、家康が主人公なのに、むしろしょぼく描かれているところが面白い。等身大の若き家康をなんだか応援したくなってくる。
家康からすれば、信玄という頼もしい協力者が現れたかに見えたが、ことはそう単純ではない。家康は信玄にどう対抗していくのか。また、滅びゆく今川氏を必死に背負う氏真に対して、家康はどんな行動に出るのか──。いよいよ役者もそろってきて、今後の展開がなおのこと楽しみである。
【参考文献】
大久保彦左衛門、小林賢章訳『現代語訳 三河物語』(ちくま学芸文庫)
中村孝也『徳川家康文書の研究』(吉川弘文館)
平野明夫『三河 松平一族』(新人物往来社)
所理喜夫『徳川将軍権力の構造』(吉川弘文館)
本多隆成『定本 徳川家康』(吉川弘文館)
柴裕之『青年家康 松平元康の実像』(角川選書)
大石泰史『今川義元』(戎光祥出版)
二木謙一『徳川家康』(ちくま新書)
菊地浩之『徳川家臣団の謎』(角川選書)
大石泰史『今川氏滅亡』(角川選書)
伊東潤、板嶋恒明『北条氏康 関東に王道楽土を築いた男』(PHP新書)