彼女は中国側とのパイプも太いのか、台湾本土の政治家と違い、大陸ともっと積極的に交流を深めるべきだということを、何の躊躇もなく声高に主張する。陳議員に、台湾有事の勃発を憂慮していないのか尋ねてみた。
「今は30年前より軍備も大きく進化していて、ミサイルが私たち金門島民の頭上をかすめて台湾本島まで余裕で届く時代です。金門と廈門の間に橋がかかったとしても、人民解放軍がそこを渡ってくるなんてことはないと思っている。戦闘機で台湾本土に向かったほうが早く着くのですから」
そう一笑に付すのだった。
「武力行使なんて愚かな選択」
陳議員が続ける。
「だから我々は、丸腰でも何も怖いことはありません。元々、金門人は中国大陸にルーツがあり、大陸と往来してきた長い歴史がありますから。観光客を誘致し、経済を潤わせたい。インフラも中国側が整備してくれるというなら、享受するまでです。ウクライナとロシアのように武力で物事を解決しようというのは愚かな選択。中台問題は華人同士の知恵で、必ず話し合いで解決できる。少なくとも金門と福建省は平和裡に物事を進めます」
中台危機が世界中で叫ばれている中、彼女の言葉はあまりにも楽観的に聞こえるかもしれない。だが少なくとも、私が今回滞在した4日間で出会った金門の人々は、予想以上に大陸との交流に前向きだった。
金門島を描いたドラマのロケに使われたセットのある観光地で、雑貨店を営んでいる50代の盧さん。船を一艘持っていて、両岸を結ぶ定期船が就航する前は、こっそり廈門まで船を出し、人を運んだこともあるという。
「人民解放軍がやってきて国民党軍を追い払い、“金門を解放する”と言ったら従いますか?」
と尋ねてみると、事もなげにこう答えた。
「もちろん。私たちの土地をきちんと治めてくれるなら、台湾でも中国でもいい。今は民進党も国民党もダメ。中国本土のほうが景気もいいからね。それで金門島の経済が潤ってくれるなら、大歓迎だね」
市場で麺を売っていた20代の夫婦にも同じ質問をしてみた。夫は金門島に生まれ、台湾本島の大学を卒業後、島に戻って4カ月間の兵役に就いた。兵役後も島に留まり、実母が営む飲食店を手伝っている。
「中共がここを占領したら? その時の政治状況を考えて最善の選択を考えればいいさ」
台湾本島の彰化県出身の妻も、「台湾に戻るかどうかは分からない。まずは夫の判断に従うわ」とのこと。
島民たちは基本的に温和で、心に余裕を持っているように見えた。一方で、いざ危機となれば生き抜くために最善の行動を取ろうというしたたかさも感じさせる。それは、台湾本島の人々と違って、冷戦期に本物の戦火を潜り抜けてきた経験の賜物だろうか。
台湾人はよく、オランダや日本、国民党など外来政権に統治され続けた「台湾の悲哀」を語る。だが金門島も元々は台湾に属しておらず、戦前から中華民国に属し、戦時中は日本軍に一時的に占領された。そして戦後は中台対立の最前線で時代に翻弄され続けてきたのだ。そうした「金門の悲哀」が、島の人々の精神を強靭なものにしているのかもしれない。
広橋賢蔵
台湾在住ライター。台湾観光案内ブログ『歩く台北』編集者。近著に『台湾の秘湯迷走旅』(共著、双葉文庫)など。
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