中国で無差別殺傷事件が相次いでいる。閉塞感が高まる中で「社会への報復」を狙ったものとされるが、11日に広東省で起きた35人を車で殺害した事件は中国のみならず世界に衝撃を与えた。こうした事件は今後も連鎖していく可能性があり、日本人も標的にされかねない。
(福島 香織:ジャーナリスト)
中国社会で、いわゆる社会報復性の無差別殺人事件、単独犯によるテロ的襲撃事件が後を絶たない。日本人にとっては、深圳市の日本人小学校前で登校中の10歳男児が母親の前で無職ナイフ男に殺害されたショッキングな事件の記憶が新しい。中国では理由もなく突然襲撃され、無差別に殺害される事件が実は頻繁に起きている状況を知っただろう。
中国社会が経済的に低迷し、専制政治の中で不条理に自らの権利や財産、そして安全を奪われる人々が、さらに弱者に向かって暴力をふるって、その不条理を訴えるのがこの社会報復性テロだ。その中でも恐ろしいのが、凶器がナイフなどではなく自動車による「撞人」と呼ばれる犯行である。
ナイフで一度に大量の人間を殺害することは難しいが、車を使えば数十人規模を一気に殺害できるからだ。先日11日夜、国際航空展開催間近の中国広東省珠海体育センターで、まさに共産党史上最悪とも言われる「撞人」事件が起きた。
11日午後7時48分ごろ、珠海体育センターの運動場では、市民がジョギングや体操、行進やダンスの練習などをしていた。おそらくは200人ぐらいが利用していただろう。そこに囲いを乗り越えて小型SUV(スポーツユーティリティビーグル)が突然、猛スピードで乗り込んできて、群衆に突っ込み、人々を追い回し、跳ね飛ばしひき殺したのだった。
半径50メートルほどの運動場で何十人もの人たちが血だまりの中に倒れ、うめいている様子が動画で拡散されていた。車はそのまま現場から走り去ったが、およそ2キロ離れた地点で警察に捕まり、運転していた62歳の男が逮捕された。
運動場にはすぐに救急車が駆け付け、負傷者を4つの病院に分けて搬送した。公式発表では35人が死亡、43人が重傷を負った。車にはねられてはいないが、ショックで失神した人や気分が悪くなった人も大勢いたという。
犯人の動機はまだ詳しくはわかっていないが、離婚して財産分与に不満を抱えていたらしい。この体育センターが裁判所の前にあったことが犯行現場に選ばれたのではないか、という見方もある。
現場は血の海となり、犠牲者の運動靴などが散乱。警察はその血だまりを高圧放水で洗い流している様子の動画がネット上で拡散されていた。
だが当局は、この事故現場の阿鼻叫喚の動画や報道、それにまつわるコメントなどをすぐに削除し、報道統制を敷いている。公式メディアは最小限の情報を報じるだけで、そのコメント欄は統制された。
事故後の現場には、犠牲者の死を悼む市民が献花に訪れようとしたが、警官が配置され排除されていた。また外国メディアの取材が立ち入らないようにしている。被害者が搬送された病院も同じで、その家族がメディアと接触しないよう、取材を受けないように警官や係員が配置された。
死傷者の数は公式発表より多いという証言もあり、当局はこの事件に関してはかなり神経質に情報を統制している。
目撃者によると、犯人は老人といってもいいような容貌だったとか。最近、中国では今回のような社会不満を無関係・無防備な人々に向ける社会報復性テロ事件が多発している。