幽霊のように気配を消して働くヤマさん

 ポスティングの仕事は、Jさんのように不動産会社のようなところから直接依頼される場合と、ポスティングを専門に行う業者から依頼される場合の2種類がある。筆者は都内にある中小のポスティング専門の会社に問い合わせ、実際に仕事をやってみた。

 まず、「研修をするので来て欲しい」と言われる。「ポスティングで研修?」と思ったが、とりあえず指定された商店街の一角にあるポスティングの事務所に出向いた。事務所には、ピザ屋やリフォーム会社などのチラシがところ狭しと積み上がっている。

 配布するエリアを指定した地図と、首から下げるGPSを渡された。GPSは「監視用ではなく、住民から苦情が来た時のために、どのエリアを撒いたのか把握しておく用だ」という。ポスティング会社の中には、本当にちゃんと配布しているかGPSで監視したり、後ろから自転車で見張ったりするところもあるそうだ。

 渡されたチラシは500枚。教えてくれたのはヤマさんという、この道20年の40代男性だった。ゴム製の指サックをはめ、肩掛けのカバンにチラシを入れて両手が空くようにし、片手でポストの口を開け、もう片方の手でチラシを入れると効率がいいと教わった。

 ヤマさんは関西の大学を卒業後、お笑い芸人を目指して上京したが、現在は廃業し、当時から続けていたポスティングで生計を立てている。1日に5000枚前後のチラシを配っていて、月の収入は20万円弱、業務委託のような形で働いているという。

 ヤマさんの周りで働くポスティングスタッフはほとんどが男性で、専業で働く人も多いそうだ。中には月に50万円稼ぐ人もいるという。ポスティングが、副業ではなく本業ということにちょっと驚く。

 ヤマさんは玄関や家の中に人影がある時は、ポストに近づかない。周りに人がいないポストにだけこっそりと入れていく。管理人がいるマンションには、わざわざ夜に入れに行くそうだ。

「人なんか気にせず、どんどん入れる人もいるけど、オレは気が小さいんで」

 ポスティングは許可を取ってやっているわけではないので、集合住宅では管理人やガードマンがすっ飛んで来たり、戸建てでは家主が家からわざわざ出てきて「入れるな!」と怒鳴りつけられたりすることもある。ヤマさんも、イヤな目に遭ってきたことだろう。

 世界の片隅には、人目を避け幽霊のように気配を消して働く人がいるのだ。