さらに、2016年に制定された国防交通法では、この考え方がさらに一歩進められ、すべての運輸施設は(たとえそれが民間によって建設されたとしても)必要な時には、直に軍用に転用できるように、軍の施設基準に適合させて建設しなければならないとされ、また、緊急時にはこれら施設は、軍の徴用に服さなければならないとも規定された。
港湾の後背地には兵站拠点も
言うまでもなく、軍事施設は、それだけでは十分ではなく、後方からのロジスティクス面のサポート(兵站)があって初めて継続的に機能するが、一帯一路下での港湾整備は、このような面での要請にも応えられるように作られている。
グワダール港やハンバントータ港、コー・コン港等では、これら港湾施設が整備されると直ぐに、中国側からその後背地にport-parc-cityや工業団地を開発してはどうかとの提案がなされ、途上国が合意すると、これらの面的施設も併せ整備された。途上国にとっては、これらの開発は、地域開発としても有益であるので前向きに対応することが多いが、中国側の真の狙いは、ウォーターフロントにある軍需基地への供給拠点の建設である。
このように、一帯一路の下で作られた港湾やその周辺施設は、一見すると民生用施設に見えるが、緊急時においては、軍用に転換できる典型的なdual use方式の事例であり、欧米諸国が警戒感を持つのは、無理からぬところである。
ここで若干本題からそれるが、上記のようなdual use方式による中国の進出を警戒しなければならないのは、なにも途上国に限らず、中国の周辺国においても同様である。中国の戦術の根幹には、平和目的を標榜しながら、徐々に相手国に潜入し、既成事実化した段階で蜂起するとするcivil first, military laterという考え方が綿々として流れているが、この意味で、平和目的を偽った不動産取得には警戒を要する。
ここ十数年、わが国においては、中国企業や韓国企業による不動産取得が各地で進んでいるが、その多くは、投機的、商業的目的に基づくものではあるものの、その中には、明らかにわが国の安全保障を脅かすものも含まれている。
例えば、2014年、中国企業が航空自衛隊千歳基地から3キロしか離れていない隣接地に7.9ヘクタールもの広大な不動産を取得したが、同自衛隊基地は、そのような事実を把握していなかった。対馬においても、同様の土地買収が韓国企業によって行われている。
このような国防上問題となりうる土地取得は、明らかに規制すべきものであるが、わが国では、(GATSのサービス条項上、本国人と外国人に対する待遇に差をつけてはならないとする規定に配慮して)外国人による不動産取得は規制されておらず、野放しにされていた。しかし、昨年6月、漸く、重要土地利用規制法が成立し、自衛隊の基地等の安全保障上、重要な地域近辺での土地利用を規制することが可能となった。
だが、その規制内容は、過度の私権制限につながると言った“お決まりの”民主的な批判があったことから、大幅にwater-downされた(例えば、規制対象となるのは、自衛隊基地等の重要施設から、1キロ以内に存する土地とされており、わずか1キロのbufferはあまりにも狭く、防御上の意味をなさないのではないかと懸念される)。
いずれにせよ、21世紀においては、20世紀と異なり、すべての政策は、経済的要因のみならず、地政学的要因にも配慮して策定されるべきであることは言を俟たないが、この重要土地利用規制法は、その意味で十分なものであったか問い直して見る必要があるといえよう。
途上国のサイバースペースへの中国の侵入
上記においては港湾のdual use方式がもたらす地政学的リスクについて述べてきたが、欧米諸国がこれ以上に懸念するのは、途上国のサイバースペースへの中国の浸透である。
中国は、前編で述べたように、一帯一路の下で、情報通信技術の途上国への拡散を一層強化するとしたが、これら技術は、当然、5G通信規格の導入から、監視カメラの設置、顔認証システムの移出等を含んでおり、これら技術を、スマートシティーの建設や“境外経済貿易合作区”の設置に併せて導入すれば、都市空間における社会管理能力の強化に資する。
ここで懸念されるのは、このような技術の導入を特に必要とするのは、市民に対する監視体制を強化しようとしている強権国家であり、これら国々への技術の移転は、その管理社会への移行を可能とし、市民の生活の圧迫につながり、自由主義体制に対する重大な脅威となりうる。また、本稿の前編で述べた、中国人ネットワークの強化は、現地における情報収集の核として機能し、市民生活の締め付けに有効であり、現にそのような活動は世界の主要都市でみられる。