高木美帆は15歳のとき、「スーパー中学生」と騒がれ、2010年のバンクーバーオリンピックに参戦したが、1000mと1500mで惨敗を喫し、鼻っ柱をへし折られた。わたしはそのとき、マスコミに乗せられ調子に乗ったからだよ、と大人げない感想をもったことを覚えている。わたしはたとえ子どもでも、調子に乗った子どもは好きじゃないのである。高木は2014年のソチにも代表落選した。
しかし高木のすごいところは、そのあとも研鑽を怠らなかったことである。15歳からでも10年以上である。並の人間にできることではない。高木美帆は2018年の平昌では1500mで銀、1000mで銅、パシュートで金を取り、8年前のバンクーバーでの雪辱を果たした。高木と小平は私的に交流があるようには見えない。しかし高木の前に立ちはだかり、高木の奮起を促し、高木の目標となったのは小平奈緒である。
スピードスケートという競技は、フィギュアやジャンプやスノボー競技に比べれば、どちらかといえばマイナーな競技である。だがそんなことはまったく意に介さず、自分のなすべきことに黙々と打ち込み、すっぴん姿で堂々とカメラの前に立つ(せいぜいクリームをつけるくらい?)高木美帆の姿は、彼女の覚悟と潔さと自信を示しているように見えて、真に頼もしいのである。
小さな拍手、その静謐さ
1000mのレースが終わったあと、小平奈緒は自分だけわかればいいというように、胸元で小さく拍手をした。その小平の静謐さが好ましい。わたしは、騒々しい勝者、勝っても負けてもうるさいお祭り男、明るさを振りまき、笑いすぎる女子選手に興味はない。元男子フィギュア選手の自在な涙や、元テニス選手の過剰な演技にもうんざりである。
日本女子団体パシュートで高木菜那選手がゴール直前に転び、金が銀になってしまった。カナダの選手は小躍りして大騒ぎだったが、わたしはその瞬間、「金でも銀でも、そんなものはどっちでもいいんだよ。たいした違いはない」と思った。実際、ほんとうのところ、そんなものはどうだっていいのである。
最終日のエキシビションをすべったあと、羽生結弦はこのように語った。「大人になって、人生って報われることが全てじゃないんだなと。ただ、報われなかった今は、報われなかった今で幸せだなと」。これは「成し遂げることは出来なかった」が「自分なりにやり遂げることは出来た」ということである。努力は報われるのか、報われないのかの不毛な議論に、羽生結弦は決定的な答えを出したのである。