「小平はその瞬間が勝者だけのものであることを知っていたのだろう。そして高木美を先に称えるべきなのは僅差で敗れたユッタ・レールダム(オランダ)やブリタニー・ボウ(米国)であるべきことも。一度離れた小平は順番を待って、勝者に近寄ると抱き寄せて『おめでとう。ナイスレース』と声を掛けた」。このハグの場面だけなら、わたしもテレビで見た。だがそれを「順番を待って」と見たのは君島氏の慧眼である(「小平奈緒は敗れてもなお、強く、美しかった、(スポニチアネックス、2022年2月18日、https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2022/02/18/kiji/20220218s00078000406000c.html)。

北京五輪スピードスケート女子1000m金メダルの高木美帆を祝福する小平奈緒(写真:松尾/アフロスポーツ)

 小平奈緒は「成し遂げることは出来なかったんですけど、しっかり自分なりにやり遂げることは出来た」といった。君島氏はこう書いている。「成し遂げたことに対して周囲は賛辞を送るが、やり遂げたことは自分の中にしか残らない。だが、小平にとってやり遂げたと納得出来ることはメダルの色と同じくらい重要なのだろう。孤高の美しさ。小平奈緒は敗れてもなお、強かった」。

 このように自分のことを正確に理解してくれるひとをもって、小平はしあわせである。凡百のライターにはなかなか書ける記事ではない。

「空気がきれいな人」

 おなじように愛情をもってひとを評した言葉で記憶に強く残っている言葉が、もうひとつある。スポーツとは関係がない。テレビドラマ『JIN-仁-』のプロデューサーの石丸彰彦氏が大沢たかおについて語った言葉である(Wikipedia、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B2%A2%E3%81%9F%E3%81%8B%E3%81%8A)。

「空気がきれいな人ですよね。僕の周りにある空気よりも、大沢さんの周りにある空気の方がきれいですね。生まれつき持っている空気がきれいな人っているんですよ。僕はすごくカッコイイ大沢さんも知っている反面、真っ白な大沢さんも知っていて、人間大沢たかおの魅力というのは空気だと思っているんです。淀んでいない空気、嘘のないまっすぐの空気とでも言うんでしょうか」

 空気がきれいな人、という表現で、人を評価するのが鮮烈だった。この評価はまた小平奈緒選手にもいえることだと思う。