(文:熊谷徹)
東西対立が激化した1979年アフガン侵攻、80年モスクワ五輪、そして2014年のクリミア併合にあたっても、ソ連と後のロシアはエネルギーを政治的武器にはしなかった――。ウクライナ危機が欧州にその予断の甘さを突きつける中、ドイツはロシアの天然ガスに強い執着を残している。そこには、脱炭素までの過渡的エネルギーとして天然ガスを選んだという国情が影響している。
極めて低い天然ガス貯蔵タンクの充填率
ウクライナ危機は、ドイツの天然ガス拡大政策にとって都合の悪い状況を生んでいる。ロシアはウクライナ国境地域に約13万人の兵力を集結させ、黒海などで軍事演習を繰り返していることから、日に日に緊張が増している。欧米首脳の働きかけにもかかわらず、ウラジーミル・プーチン大統領が戦闘部隊に撤収を命じる気配はない。米国政府、ドイツ政府などは「いつ武力衝突が起きるかわからない」として、ウクライナにいる自国民に対し、迅速に退避するよう勧告している。
ロシアは、ドイツにとって最大のエネルギー供給国である。英国の石油会社BPの報告書によると、2020年のドイツの天然ガス輸入量の内55.2%はロシアからだった。ドイツ経済輸出管理局によると、2020年にドイツが輸入した原油の33.9%はロシア由来。石炭輸入量の48.5%もロシアからだ。
ドイツでは、万一ロシアがウクライナに侵攻し、EUが厳しい経済制裁を実施した場合、ロシアが報復として西欧への天然ガス供給量を減らすシナリオについて懸念が強まっている。
問題は、よりによってウクライナ危機がエスカレートしつつある今年の冬に、ドイツのガスタンクの貯蔵量が、例年よりも低くなっていることだ。欧州の天然ガスタンクに関するデータバンクAGSIによると、2月12日の時点でドイツの天然ガス貯蔵タンクの充填率は、わずか32.77%だった。2年前の2月12日(82.08%)に比べてはるかに低い。ガス業界の関係者によると、真冬のタンクの充填率としては、40%未満というのは極めて低い数字だ。フランス(28.52%)、オーストリア(19.36%)など他のEU加盟国でも充填率が低くなっている。
ドイツのガスタンクの充填率が低くなっている背景には、様々な要因がある。2020年~2021年の冬には、寒さが厳しかったことから、西欧でガス需要が増えた。さらに風が例年よりも弱く、風力発電設備からの発電量が少なかったため、天然ガス火力発電所のためのガス需要も増えた。これらの理由から、ガスタンクの充填率が下がった。
通常ロシアの国営ガス企業ガスプロムは、ガスへの需要が多い時には西欧のエネルギー企業との契約を上回る量のガスを供給してきた。しかし去年ガスプロムは、契約通りの供給量を超えてガスを西欧に送らなかった。その理由は、明らかになっていない。
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