
1.ウクライナの戦略的価値を見誤る
ウクライナは、短期間でロシアに占領されることはなかった。
首都キーウを守り切り、ドニプロ川までの侵攻を許さず、現在の接触線で阻止している。
その間、ゼレンスキー政権は、国を防衛するという強い意志を持ち続けた。兵士たちは命を懸けて守り、国民はミサイル攻撃による多くの死傷者を出しながらも耐えた。
また、米欧から供与された兵器や情報を使って、ロシア軍の攻撃を阻止し、破砕している。
もしも、ゼレンスキー政権がウクライナから逃避し、国民も抵抗しなかったなら、侵攻から3日から2週間で敗北し、ウクライナ全土が占領されていたであろう。
そして、親ロシアの政権が樹立され、ウクライナに侵攻したロシアの軍事力がそっくりそのまま残存することになったかもしれない。
もしそうなっていれば、欧州諸国は、ウラジーミル・プーチン大統領率いるロシア軍に、次は自分たちが攻め込まれるという脅威を感じることになっただろう。
再び大統領に返り咲いた「米国第一主義」を抱えるドナルド・トランプ氏は、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領に、首脳会談で容赦ない言葉を投げつけた。
「米国の軍事装備品がなければ、この戦争は2週間で終わっていただろう。あなたは我々に感謝するべきだ。あなたはカード(切り札)を一切持っていない」
そして、これまでウクライナに提供した兵器の見返りを、ウクライナの鉱物資源で返せと言う。
このような発言を大統領が行う米国は今、ウクライナの価値を見誤り、目の前の自国の利益ばかりを追い求め、米国が繁栄し、安全を確保するための世界戦略を見失っているように思われる。
今回は、それらの理由について考察する。
2.ウクライナは欧州における「要石」
ウクライナの人口は、わずか3000万人ほどである。
しかし、ロシアによる2022年の奇襲侵攻で一旦は首都キーウ近くまで攻め込まれたもののその後押し戻し、現在は4つの州内で対峙している。
ウクライナ軍はこれまでの戦いで、ロシア軍の兵員約88万人を死傷させ、戦車等10000両、装甲車21000両、火砲24000門を破壊してきた。
ロシア陸軍がこれほどの損害を受けたことは、ロシア軍にとって相当の打撃となったに違いない。
ウクライナ戦争は、ロシアが現実に侵攻したウクライナ国内だけのことなのかというとそうではない。
もしも、ロシアの侵攻でキーウが早期に占拠されていれば、周辺の国々が危機的な脅威を受けることになったであろう。
今後、ウクライナが米国とロシアとの交渉などによって、弱体化された場合には、再びロシアの侵攻を受ける可能性がある。
そうなれば、ロシアの脅威は、ウクライナに隣接し南西方向にあるモルドバやルーマニア、北西方向のポーランドに及ぶことになる。
また、ロシアに直接接するバルト3国であるエストニア、ラトビアおよびリトアニアにも脅威は及ぶ。
さらには、ロシアと陸続きのフィンランドをはじめ、ノルウェー、スウェーデンのスカンジナビア3国に波及することになるだろう。
ウクライナの戦略的価値は、欧州各国へのロシアの脅威を止めることができる「要石(KeyStone)」なのである。
図1 ウクライナ、ロシアに隣接する国々への脅威
