「ロシア民族を救え」民族自決主義の亡霊

 2014年3月にロシアはクリミア半島を併合するが、それは、住民投票でロシア帰属が決められたことを根拠にしている。クリミア半島はもともと、1954年にフルシチョフによってロシア共和国からウクライナ共和国への「友好の証」として譲られたが、それは水道管の敷設のための便宜でもあった。37年後にソ連邦が崩壊することなど夢にも思わなかったフルシチョフにとっては、クリミアがどの共和国にあろうが、ソ連邦の一地方であることには変わりはなく、たいした問題ではなかったのである。

 もともとロシア共和国に属し、ロシア人も多いこの地域は、住民投票をすればロシア帰属が決まるのは当然である。そこは先述したザール地方に似ているが、ザールの住民投票は国際連盟が行ったものである。しかし、クリミアの住民投票は、ウクライナ全国民が行ったものではない。ロシアが深くかかわる形でクリミアに独立宣言をさせ、クリミア域内の住民だけで行われた投票である。これは「領土変更は国民投票によってのみ議決することができる」と規定するウクライナ憲法73条違反であるにも関わらず、ロシアは、クリミアの住民投票の結果を理由に、クリミアを独立国家として扱い、ロシアと併合したのである。

 このやり方は、ドイツとオーストリアを合併させたり、チェコスロバキアのズデーテン地方をドイツ人が住む地域として強引にドイツに割譲させたりしたヒトラーの手法と同じである。まさに、「ロシア民族を救え」という民族自決主義の亡霊がさまよっているのである。

 であるならば、次なるプーチンの標的はウクライナ東部のロシア人居住地域である。その地域をロシアに併合すれば、ズデーテン地方のドイツ併合と同じであり、ウクライナ全土を占領すればチェコスロバキア併合と同じである。その歴史が繰り返されれば、第三次世界大戦の引き金となりうる。

 プーチンは、失われたソ連帝国の再興を図っているが、かつての衛星国であった東欧諸国が次々とNATOに加盟し、ロシア包囲網を形成するという許しがたい状況が生まれているのである。1999年3月にチェコ、ハンガリー、ポーランドが、2004年3月にエストニア、ラトビア、リトアニア、スロバキア、スロベニア、ブルガリア、ルーマニアが、2009年4月にアルバニア、クロアチアが、2017年6月にモンテネグロが、2020年3月に北マケドニアがNATOに加盟している。