DNA鑑定
司法解剖の結果、女性の死因は肝臓がんであることが判明した。とくに外傷もなく、事件性はゼロだった。
残る作業は身元確認だけとなったが、これがすんなりとはいかなかった。
署で待機していた女性の妹に遺体の顔写真を見てもらったが、案の定、黒鬼・巨人顔をしている女性に対して「姉とは言い切れません・・・」という反応だった。
通常の身元確認であれば、「歯牙鑑定」(生前の歯科受診情報との照合)が有効だが、女性の遺体は高度に腐敗しているためそれができない。そこで最後の手段として「DNA鑑定」を実施することになった。
ところが府警本部の科学捜査研究所(科捜研)は、「姉妹のDNA鑑定には、莫大な費用がかかる」との理由で鑑定を拒否。大学の法医学教室に依頼することを勧められた。しかも、その交渉は所轄でやることになってしまった。
これには困ったが、懇意にしていた私大の法医学教授に相談したところ、ありがたいことに快諾をしてくれた。
あとは費用の問題だ。
科捜研から「莫大な費用がかかる」と言われていたので、かなり高額な鑑定料を提示されるのではないかと身がまえていた。ところがフタを開けてみれば、署の会計課の了承を得られる数万円ほどだった。
鑑定に際して、教授からひとつだけ注文を受ける。女性に妹以外の兄弟がいれば、そちらからもDNA資料を採取してほしいという。
私は妹から口腔内細胞を提供してもらう際、兄弟についてもたずねたが、過去の金銭トラブルがもとで実兄とは絶縁しており、残念ながら協力は得られなかった。
数日後、法医学教室から鑑定結果が出たという連絡が届いた。さっそく教室を訪ねてみると、女性の准教授からこのような説明があった。
「同性の妹さんのDNA型だけでは100パーセントとは言えず、約93パーセントの確率で姉妹という結果です。お兄さんのDNA型があれば確度はより高くなっていました」
DNA鑑定の結果をふまえ、役場の福祉課はマンションの居住者と腐敗遺体が同一人物であると判断し、公費で火葬。保管していた遺品とともに遺骨を妹に引き渡した。
*前回:『鑑識係の祈り――大阪府警「変死体」事件簿』より〈3〉 〈巨大トンネル鉄道火災事故、鑑識係が見た緊迫現場〉はこちら
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64165