解錠された玄関のドアは、私が開けることになった。ドアのノブに手をかけ、ゆっくりと手前に引いていく。そして、ドアにわずかな隙間ができた途端、数十匹の蠅が室内から飛び出し、もわっとした熱気とともに強烈な死臭が漏れ出してきた。

 私は変死用のフル装備をしていたが、死臭の濃さに思わず足がすくんでしまう。それは本能的に恐怖を感じるにおいだった。萎縮する自分を鼓舞するように、私は両手で死臭をかきわけるようにして強引に室内へ突き進む。

 女性の遺体は、流し台の前に横たわっていた。淡いピンクのブラウスに茶系のズボン。遺体の腐敗汁で周辺のフローリングがどす黒く染まっている。念のため、足カバーを二重にしたのは正解だった。

*写真はイメージ

 遺体の表面は、腐敗汁と体内の油分が入り混ざってぬめぬめしており、全身にシリコンオイルを塗ったような見た目と感触だった。腹部は腐敗ガスがたまって、はちきれそうなほどにふくれ上がっており、半透明な上皮と真皮の間で蛆虫の大群がうごめいている。遺体の近くでは、様々な大きさの蛆虫や蛹、蠅の死骸が確認できた。

 蠅は1日あたり、約500個の卵を産卵する。卵は約1日でふ化し、幼虫の蛆虫はわずか約2週間で成虫の蠅になるため、個体数が爆発的に増え続ける。成虫の寿命は2、3週間ほどと言われており、これらの期間は気温が低ければ長く、気温が高ければ短くなる。

 変死現場における蛆虫の発育状況(サイズ)や蛹、蠅の個体数(成虫や死骸)は、死後経過日数を推定する際の重要な目安となる。そのため、現場でカウントしたそれぞれの概数や、フィルムケースに保管した死骸を法医学教室に情報提供している。

 海外の事例では、死体を摂食する昆虫の生態から死後の経過日数や死因などを推定する「法医昆虫学」の研究が、裁判の証拠になるケースもあるという。