現場のマンションに到着。4階で停止したエレベーターのドアが開くと、肉と魚と卵が同時に腐ったようなにおいが鼻腔に忍び寄ってくる。
40代後半の主任(巡査部長)が、首から提げたタオルで汗をぬぐいながらつぶやいた。
「当直で班長とペアになると、いつも仏さん(遺体)がでる。せやから、班長はうちの署の『おくりびと』やって、みんなが陰で言うてますわ」
「おくりびと」とは、納棺師をテーマにした平成20(2008)年に公開された邦画のタイトルだ。主任の“告げ口”に、私は思わず苦笑してしまった。
「おくりびとか・・・。みんなにそう言われてもしゃあないな。ほんまに当直のたびに毎回やから。しかも、ほとんどが腐乱で、解剖になる仏さんが多いからな・・・」
主任がいたずらっぽい表情で続ける。
「部屋の外まで死臭がにおうとるから、どろどろの腐乱死体で間違いありませんな。おい、若い衆。きょうの晩飯は焼肉弁当でも頼んどいてくれや」
それは、若手にとって笑えないジョークだったようだ。ふたりは青ざめた顔で同時に肩をすくめた。
蛆虫の知らせ
先着していた地域課員とマンションの管理会社のスタッフが、部屋の近くで私たちを待っていた。地域課員が敬礼したあと、この部屋に住む高齢女性の近況などを報告する。
「女性はひとり暮らしをしており、約1週間前に『足腰が弱ってきて、買物に行くのもつらい』と妹に電話をかけていたそうです。部屋の固定電話に発信履歴が残っていました。新聞や郵便物がたまりだしたのも、ちょうどそのころからです」
地域課員は近隣住民や関係者などから聞き込みをしており、すでにある程度の情報をつかんでいた。女性は末期の肝臓がんで、余命数カ月と診断されていたという。
「お待たせしました。部屋を開けてください」
私が声をかけると管理会社のスタッフが、緊張した面持ちでマスターキーを玄関のドアに差し込む。私はそこでいったんストップをかけて、その場面を撮影する。この写真は、犯罪に起因する可能性または人命救助における、行政上の即時強制(裁判所の許可を得ずに他人宅に侵入)を担保するための証拠となる。