旧石器時代からの記憶が眠る国道16号線の地形

柳瀬:リモートワークにおいてZoom(ズーム)やMicrosoft Teams(チームズ)を使って仕事をすると、もう一つ問題が生じました。

 例えば、オンライン会議をするにしても、自宅に家族がいると一つの空間に何人かの人がいることになって都合が悪い。そうなると広い家、部屋数の多い家が必要になってきますが、東京の中心で広い家に住むにはお金がかかりすぎます。

 一方、週に数回はリモートワークをするかもしれませんが、まったく通勤しないわけでもないから、あまり職場が遠くても困る。そうするともともと通勤圏として開発されてきた16号線のエリアは、広めの家に住むことと1時間程度の通勤時間という条件が両立できます。

 近くに海や山、川があって、スポーツ施設も充実していますし、地域的には横浜や相模原、さいたま、千葉など政令指定都市ですからまったくの田舎ではないわけです。都心に劣らないサービスを享受しながら、郊外型の生活ができる最適な場所──。そのように考えて積極的に選択する人が増えていくのではないでしょうか。

 今後、新型コロナウイルス感染拡大が終息していっても、今のようなリモートワークの働き方がある程度定着していけば、元のようにみんながみんなラッシュにもまれて通勤するかというと、そうではない選択をする業態や企業もたくさん出てくると思います。

 それが周辺人口も含めた首都圏の人口2000万人の内のたとえ1割だとしても、100万人、200万人になります。政令指定都市1つか2つ分のマーケットですから、とても大きい。自分が暮らしやすい場所や広い家を選ぶ人たちの何割かが、この16号線エリアを積極的に選ぶケースは今後減ることはないでしょう。

──国道16号線エリアに連なる、山と谷と湿原と水辺がワンセットになった「小流域」の地形が人々を惹きつけて日本の文明が発展してきたと述べられています。

柳瀬:1980年代から30年来、慶應義塾大学の恩師である岸由二先生が主導されてきた小網代の自然保全活動に携わってきました。小網代は三浦半島の先端にあるので、横浜から車や電車を使うと常に国道16号線を通ったり、交わったりしながら向かうことになります。

 また同時期に、例えば矢沢永吉さんやユーミンさん、大瀧詠一さんらの音楽や矢作俊彦さんのハードボイルド小説、上條淳士さんの漫画、映画「スローなブギにしてくれ」など様々な文化が16号線を舞台にしていたり、つながったりしていることに気がついて興味を持つようになりました。

 16号線が音楽や文学などの文化を生んだカギは、「軍」「シルク」「港」にあります。今でも横須賀や福生には米軍基地がありますし、かつては入間や立川にもありました。さらに遡ると、それらの基地は第2次世界大戦が終わるまでは旧日本軍の陸海軍基地でした。

 それから16号線の中でも特に「日本のシルクロード」と呼ばれた八王子から横浜までの道を通じて、近代日本の経済において重要な産業であった生糸が横浜港から世界へ向けて輸出されました。

 さらに遡っていくと、16号線沿いには多くの中世の「城」があり、縄文時代の遺跡や貝塚が多く見つかります。そうやってあれこれ辿っていくと、旧石器時代、縄文時代から中世、現代に至るまで各時代の様々な文化が、しかも豊潤な形で刻まれている。このそれぞれのレイヤー(層)をミルフィーユのように積み重ねていったら、何か新しいものが見えるのではないか、と考えました。

「人々が暮らしている土地の地形や気候、自然環境の違いがその地域の人々の生活や文化、文明のかたちを規定する」とジャレド・ダイアモンドが『銃・病原菌・鉄』の中で書いています。日本列島は4つのプレートがぶつかってできており、大地のシワのような土地があります。その中でも一番複雑な、3つのプレートが一箇所に集まった先に首都圏の地形があって、16号線はその複雑な地形の縁を走っています。国道16号線の下にあるこのユニークな地形こそが、日本の文明や文化を規定した側面があったのではないか、というのが私の仮説です。