米大統領選で勝利した民主党のバイデン候補が1月20日、第46代アメリカ合衆国大統領に就任する。2020年12月15日には「今こそページをめくる時だ。結束し、傷を癒す時だ」と演説し、分断ではなく融和と団結を国民に対して呼びかけた。だが、バイデン政権には、新型コロナウイルスの感染拡大対策や経済回復、浮き彫りになった人種や経済的な分断と格差、気候変動対策など数々の試練が待ち受けている。
早稲田大学の中林美恵子教授は日本人として初めて、アメリカ連邦議会・上院予算委員会補佐官(国家公務員)として予算編成に携わった貴重な経験を持つ。本書の発行は大統領選挙前だが、選挙後の今、改めてその結果と今後のアメリカ政治をどう見ているのか。また、バイデン政権の課題や対中政策、菅総理や日本政府はどう対応をしていくべきか。『沈みゆくアメリカ覇権 止まらぬ格差拡大と分断がもたらす政治』(小学館新書)を10月1日に上梓した中林教授に話を聞いた。(聞き手:長野光 シード・プランニング研究員)
妥協が許されない時代にどうやって政治を進めるか
──「『貧富の格差』が国民を分断する一つの要因であり、SNSなどのデジタルツールがさらなる分断を増幅している」と述べられています。アメリカ国民皆のために働くと語っているバイデン氏は、分断の終わりの始まりになることができるでしょうか?
中林美恵子氏(以下、中林):4年に一度、実施されるアメリカ大統領選挙は「時代を反映する」選挙であると同時に「時代をつくる作業」です。
バイデンさんが大統領になっても、分断を解決するのは非常に難しいと思います。分断はトランプ大統領が生んだものではなく、既にあった分断の中から時代の要請をもってトランプ大統領が出現したと考えるべきでしょう。この分断はアメリカ社会の中に時間をかけてじわじわと深く、そして厚く蓄積してきたものです。
アメリカは人種や宗教の問題など、もともとたくさんの国の背景を持つ方たちが移民として寄り集まった国で、国の成り立ちからして難しい課題を抱えています。またこの分断の根源には、SNSなども含めたデジタルの社会の中で政治がどのように対応していかなければならないのかという問題もあります。さらに、リーマンショックの時代を経て、私たちの社会的な格差や収入の大きなギャップ、新しい産業についていける人とついていけない人の存在など、いろいろな問題が顕在化しています。
かつてはアメリカが豊かであることによってみんなで伸びていこう、と語りかけることで一つになれた時期もありました。ただ、世界のリーダーとして各地で戦争を行い、共産主義と資本主義の価値を争う形で国内をまとめることはもはや難しくなりました。それどころか、アメリカの相対的な力が弱くなって国内に目が向く時代になっており、国外の敵やライバルに注目して一つにまとめることも一筋縄ではいかなくなっています。
バイデンさんの大きな課題は、違う意見を取りまとめることです。これは別の言葉で言えば協調、あるいは融和かもしれない。もっと言えば妥協です。
今のデジタル社会においては、SNSなど短いメッセージではっきりと物事を示す人を「勇敢である」「信念がある」「強い」人だと受け取り、それが次から次へと拡散されていきます。これは実際によくあることですが、びっくりするようなことをSNSで短い言葉で発信すれば注目を浴びるし、驚かれるし、特に陰謀論のようなものは拡散しやすい。その特性を十分に活用したのがトランプ大統領です。
一方で、協調や妥協、中庸に注目して評価し、熱狂的に支持するような人は少ない。個人や政治家一人ひとりが情報の発信者になれるデジタル社会において、中庸や妥協を図る姿を国民がどう受け取るのかが問題です。それを有権者が投票行動にどのように反映していくのか、ということが今後の大きな課題として残ってくるでしょう。
デジタル社会における政治には、妥協しないリーダーを絶賛する傾向があるように思います。しかし、一方を取ったらもう一方は絶対に取らない、という二者択一のスタンスで本当に私たちの社会の中で物事が進むのか疑問です。少しでも妥協することによって最悪の場面を食い止めることができれば、それも価値があることなのかもしれません。何にどう目を向ける時代なのか。これはリーダーたちの問題ではなく、私たち自身が問われていることだと思います。