今回は淡々と、事実をクロニクルとして、つまり日を追って列挙することで、むしろ複数の出来事の緊密な関係が浮かび上がるよう、原稿を整えてみました。

 今見直してみると、5月20日に文春がスクープした「黒川賭けマージャン」は、この国の形が壊れかけていた状況を、危機一髪で救うヘアピンカーブ的な展開であったことが、改めて明らかかと思います。関係者の労を多とすべきでしょう。

 2020年1月31日に明らかになった、晴天の霹靂というべき「黒川検事長定年延長」という、憲法の定める国の骨格、三権分立を危うくする、とんでもない「閣議決定」。

 これ自体が違憲そのものであるのは、論をまちませんが、その突発的な違憲行動の「動機」が、河井案件隠蔽を「守護神」黒川氏に担当させようという、比較的どうでもよい一過性の小悪事であったことに、あらためて国民は注目すべきと思います。

 もちろん、小悪事ではなく大悪事ですが、政体を転換しようといった大それた目的ではなく、特定犯罪事実の隠蔽程度のことという意味です。

「統帥権干犯」と「検事長定年延長」
国が壊れるモーメント

 最初はどうでもよいことから、国の形が壊れて行く。

 日本を第2次世界大戦で破壊した「統帥権干犯」という議論は、実は5.15事件で殺害された犬養毅らが創案したものでした。

 1930年のロンドン海軍軍縮条約で、軍部の方針と独立して軍縮交渉を進める与党立件民政党・浜口雄幸内閣~日本政府の姿勢を批判して「天皇の統帥権を干犯している」と攻撃したのは、ほかならぬ犬養たち政友会の論陣でした。

 浜口首相は軍縮条約締結後に襲撃されて執務不能~退陣~死去。

 その後を受けた、ロンドン軍縮会議で全権を務めた若槻禮次郎の第2次内閣は、勃発した満州事変で閣内不統一を起こして総辞職、その後を受けて組閣の大命を受けたのは当時すでに77歳だった犬養自身でした。

「統帥権」攻撃で結果的に軍部に感謝されていた犬養が、青年将校の攻撃目標とされて暗殺されたのが5.15事件。