中国共産党は、中国人のカトリック信者は、すべて中国共産党公認の「中国天主教愛国会」に参加する必要があると解釈していた。一方、バチカン側は、ローマ教皇と中国共産党の双方に忠誠を誓うことになると認識していたようだ。中国共産党は自分たちに都合のよい解釈によって、従順ではない「地下教会」の司祭や信者への弾圧を強化しているのである。バチカンは結果として「地下教会」の信者を犠牲にするという非情な決断を下したことになる。
中国共産党の立場を理解し、積極的にコミットすることで内側から改革を進めようという教皇フランシスコの姿勢は、かつて16世紀にイエズス会が中国宣教で実践した「インカルチュレーション」を想起させるものがあるが、外部から見ていても危ういものを感じてしまう。教皇フランシスコの認識は甘いのではないかという批判は、台湾や「一国二制度」の香港のカトリック関係者だけでなく、バチカン内部にも少なくないようだ。
精神的飢餓状態にある中国人は救われるか?
中国共産党によるウイグル人に対する人権蹂躙にかんしては、先日のことだが、米国のルベラル系日刊紙ニューヨーク・タイムズが中国共産党の内部文書をリークしたことで、その内容が全世界に明らかになった。
だが、弾圧の対象はムスリムのウイグル人だけではない。チベット仏教の信者であるチベット人やモンゴル人、さらにはキリスト教を含めたすべての宗教の信者が弾圧の対象になっているのである。この動きは習近平体制になってから加速しているようだ。宗教に対してきわめてナーバスになっている。
天安門事件(1989年)以降、宗教が否定された中国では「拝金主義」が蔓延し、激しい競争社会でストレスに圧迫されている人がきわめて多い。精神疾患の患者は、全人口の2割弱に該当する2.4億人にものぼるらしい。現代日本以上のストレス社会であるにもかかわらず、「精神障害大国」中国では治療体制が整っていないのである(参考:「中国政府が発表『国民の2.4億人が精神疾患の患者』が呼んだ波紋」北村豊、現代ビジネス、2019年11月25日)。
精神的な拠り所や信仰をもっている者は、一般的にストレス耐性があり、精神的に強いとされる。ところが、精神的飢餓状況に置かれた弱者の気持ちを踏みにじっているのが現在の中国共産党である。デジタル監視システムを強化したところで、精神疾患が原因の突発的な犯罪を防ぐことはできるはずがない。社会が病んでいることを直視しなければ、根本的な問題解決からほど遠い。
このような状況を考えれば、結果として中国共産党による「地下教会」弾圧に手を貸すことになったバチカンの姿勢に疑問を感じたとしても不思議ではないだろう。世界最古の組織であり、清濁あわせ呑む存在のバチカンであるから、深謀遠慮のもとにあえて「悪魔」と手を握ったのであろうか。
はたして、このままバチカンは中国と公式な外交関係を締結する方向に向かうのか? 「1つの中国」を主張する中国共産党の意に沿って台湾を切り捨てるのか? バチカンは、民主化運動に揺れる「一国二制度」の香港情勢をどう見ているのか? 香港をめぐって米中衝突が現実のものとなりつつあるなか、バチカンは米国とは一線を画したスタンスをとり続けるのか?
すべては教皇フランシスコの肩にかかっているのである。訪日は無事終了し、日本国民のあいだに好印象を残していったが、バチカンのトップとして教皇が下さなければならない決断はきわめて重い。教皇フランシスコの言動には、今後も注視していく必要がある。