その一件以来、その姐さんから煩わせられることはなかったと思います。もちろん、私は大人ですし、小者(コシャ)は相手にしませんから、卑怯にも業界人の姐に、私の制圧を依頼した者へ、報復するというようなことはしていません。

ピンチの刑務官でも助けるのが任侠道

 そのほかに、私の刑務所内での地位を決定的にした事件がありました。刑務作業中にオナベの受刑者(彼女は30代前半くらいで、タッパは小さいくせに、髪の毛を短くして、ガニ股で肩をゆすって歩き、男気取りでイキがっていました)が、50歳がらみの工場担当だった大人しいA担先生(刑務所内の工場にはAとBの二人の担当刑務官が常駐する)を、ボコボコにしていたのです。

 私は金網を作る班で、後方はミシン班でした。皆、そのオナベのどう猛さに呑まれて、トラブル敬遠とばかりに目を伏せています。「触らぬ神に祟りなし」「見て見ぬふり」「短気は損期、損期は満期」が刑務所のモットーであることは知っています。しかし、オナベは無抵抗なA担先生を一方的に殴っています。

 なにが原因か分かりませんが、モノには限度がありますから、私は立ち上がりました。ミシン班のクミちゃんも私を見て頷き、席を立ちました。「おい、あんた、いい加減に止めんかい」と私がオナベの肩に手を置きますと、振り向きざま「なんか、ワレやるんかい」と、こちらに矛先が向きましたから、私は彼女の両手を封じて床から持ち上げました。

 そこでやっとB担当の先生が非常ボタンを押し、他の先生が撮影用のビデオカメラを持って集まってきました。その間の数分間、私は、オナベの両手を封じてつるし上げていました。このオナベは、別に個人的な恨みがある相手ではなかったので、殴ったりはせず、ひたすら拘束していただけですが。