(廣末登・ノンフィクション作家)
いま、身近な異界や秘境が密かにブームであると、知り合いの雑誌記者から聞いた。それはたとえば、隣に住んでいる人の部屋の様子からブラック企業の内幕まで、幅広いものであるらしい。そういえば数年前、新潮社から発売された『最後の秘境 東京藝大-天才たちのカオスな日常-』(2016年、新潮社)が、バカ売れしていた記憶がある。
鮮烈だった梶芽衣子『女囚さそり』シリーズ
それならば、筆者は、究極の異界に読者の皆さんを、案内できる自信がある。それは、刑務所である。入りたくとも入れない、入りたくなくとも入らないといけない人がいる、この刑務所は、現代日本社会における最も身近な異界のひとつではなかろうか。
犯罪学や刑事政策に長年かかわってきた筆者には、刑務所に出入りする機会もたびたびある。刑務所には行き過ぎて、どこを見学したか、すでに分からなくなっているが、強烈なのは「LB級」刑務所である。ここは、長期刑の受刑者専用で、一度落ちたらなかなか出られるシロモノではない。
いきなり「LB」などと、専門用語を用いてしまったが、これは刑務所の収容分類級のことである。Lとは、執行刑10年以上の者。LongのLの意味である。Bとは、犯罪傾向の進んでいる者を指している。これには、再犯者、累犯者、反社会勢力の者を含んでいる。いわば、「罪の重たい長期刑の方々が入る刑務所」のことである。
一方、刑期が短く、犯罪傾向が進んでいない者が入る刑務所はというと、A級である。たとえば、26歳未満の成人で、初犯者であれば、YA級となる。YとはYouthのYである。
では、LBとYA、どっちが大変か? 大抵の方は、「いやいやLBはヤバいっしょ、重罪の者が入っているんだから・・・」と思うのではないだろうか。実は違って、LB刑務所の方が、受刑者同士の配慮があるのが普通だ。無期の人も散見されるのがLBの特徴だが、そういう方は、懲罰(刑務所の規則違反をして課されるペナルティ)なんか頻繁に食らうと、二度と再びシャバの風に当たれないかもしれない。
万にひとつの釈放の可能性に鑑み、ほかの収容者も、「迷惑を掛けてはいけない」という配慮が生じるのである。ちなみに、無期で入っていた者が、再びシャバで犯罪をして収容され、無期判決を食らうと、ムキムキという。この人たちは、世の中に怖いもの無しである。
これとは対照的に、YAのほうは、刑務所内の「お作法」も分からず、イキがりたい年頃の受刑者が多い。必然的に受刑者同士、あるいは受刑者と刑務官のトラブルが多くなるのだ。