イギリス最高裁の判決を受け、滞在先のニューヨークから急きょ夜行便で帰国したジョンソン首相(写真:AP/アフロ)

(舛添 要一:国際政治学者)

 世界中でポピュリズムが跋扈し、民主主義が危機に瀕している。そうした中、果たして憲法は民主主義を守ることができるのだろうか? 今週は、その問題を考える材料が、各国で相次いだ。イギリス、アメリカ、スペイン、イスラエルである。

ジョンソン首相の「議会閉会」に違憲判決、議会守った最高裁

 まずイギリスであるが、24日、最高裁は、11人の判事の満場一致で、ジョンソン首相による議会の閉会は違法という判断を下した。そして、できるだけ早く議会を再開するように命令した。

 ジョンソン首相は、9月10日から10月13日まで議会を閉会したが、それは議会の抵抗を抑えるための政治的手段であった。これに反発した野党議員らが、閉会措置は憲法違反だと各地の裁判所に訴えていたのである。

 スコットランドの裁判所は違憲、イングランドの裁判所は合憲という正反対の見解を示したため、最高裁がまとめて審理し、「違憲で閉会は無効」という決定を下したのである。その理由は、「10月末に離脱期限が迫る中、国民の代表である議員が意見を表明する役割を果たすことができないのは、民主主義に計り知れない影響を与える」というものであった。

 ジョンソン首相は、「最高裁が政治的問題について判断するのは間違いだ」と批判したが、この最高裁の判断には従うという。

 日本の最高裁であれば、このようなケースは、「司法の判断になじまない」として、判断を避け、政府の措置は違憲とされず、そのまま効力を持ったであろう。いわゆる統治理論である。イギリスには成文憲法はないが、様々な法律が憲法と同じ機能を果たしている。

 その基本は、議会主義、つまり日本国憲法風に言えば、「議会が国権の最高機関」だということで、この原則を侵すことは憲法違反となる。統治理論で判断を保留する日本の最高裁よりも、イギリスの最高裁のほうが憲法の番人たるにふさわしいように思う。