ひとつ例を挙げれば、病気の原因となる細菌の正体を突き止め、治療法を開発するには、まずその細菌を顕微鏡で捉えることが必要です。19世紀、感染症を引き起こすものが悪霊の呪いでも悪い風土でもなく小さな生物であることが顕微鏡の視野の中に見い出されたとき、人類と感染症の本当の戦いが始まったのです。
そしてその戦いに医療科学は一歩一歩勝利してきました。かつて死因のほとんどを占めていた感染症は、治療法や予防法が確立し、さほど恐ろしいものではなくなりました。けれどもほんの100年ほど前まで、生まれた子供の3分の1は、5歳の誕生日を迎える前に死んでいたのです。あなたも私も5歳以上生き延びたためにこの記事を読むことができるわけですが、顕微鏡技術がなければ、あなたと私の両方が生き延びた確率は50%以下です。
光学顕微鏡vsウイルス(ウイルスの勝ち)
普通の光学顕微鏡は、可視光をレンズで屈折させて、小さな物体の姿を見るものです。
可視光は電磁波のうち、波長が380〜790 nmのものです。(1 nm(ナノメートル)は1 mmの100万分の1。)
電磁波は、というより波は、波長より小さな物体に当たってもうまく反射されません。そのため普通の光学顕微鏡では、可視光の波長よりも小さな物体はうまく観察できません。(波長より小さい物体を観察できる特殊な原理の光学顕微鏡もあります。)
感染症の原因となる細菌はほとんどが数百〜数千nmで、可視光の波長より大きく、光学顕微鏡で捉えることができます。けれども感染症の中には、細菌ではなくウイルスによって引き起こされるものもあります。
ウイルスはタンパク質などが組み合わさってできた小さな物体で、なんだか生物というより機械のような印象を与える存在です。ウイルスのほとんどは細菌と比べ物にならないほど小さく、典型的なサイズは数十nmです。可視光顕微鏡ではこのナノサイズの存在を(多くの場合)捉えられないのです。
ウイルスの存在が知られるまで、大勢の研究者が光学顕微鏡を覗き込んでウイルス感染症の病原体を必死に探し求めましたが、当然のことながら誰も成功しませんでした。