骨抜きにされてきた監督会計の歴史
監督会計は保守的という話をしましたが、必ずしも厳格な運用をされてきたわけではなく、状況に応じて柔軟に運用されてきました。要は骨抜きにされてきたわけです。
そのうち一番大きなものはやはり「責任準備金」でしょう。責任準備金とは、保険会社が監督当局に提出する財務諸表の中の項目で最も大きなものであり、保険会社が将来の保険金支払のために積み立てておかなければならない金額を定めたものです。これは本来は監督会計の理念にのっとり「保守的に」計算されていました。
ところが、バブルが崩壊してゼロ金利時代が訪れると、この責任準備金の額では足りないことが明らかになってきます。たとえば、本来は5%くらいで資産を運用できる前提で責任準備金の額を計算していたところ、1%以下にまで下落してしまった以上、将来の保険金支払に備えるための責任準備金は追加して積み立てる必要がありました。当然、法令にもそう書いてあります(保険業法施行規則69条5項)。
【参考】保険業法施行規則69条
5 第一項、第二項及び第四項の規定により積み立てられた責任準備金では、将来の債務の履行に支障を来すおそれがあると認められる場合には、法第四条第二項第四号に掲げる書類を変更することにより、追加して保険料積立金及び払戻積立金を積み立てなければならない。
しかしながら、監督当局は保険会社に対してこの追加の積み立てを求めませんでした。それは、追加させてしまうと生命保険会社が債務超過となり、破綻してしまうことを懸念してのものであったでしょう。
バブル崩壊の余波を受けた生保危機では、1997年の日産生命の破綻から2001年の東京生命の破綻まで、連続して7社が破綻しました(その後、リーマンショック時に大和生命が破綻)。
監督当局が法令通りこの追加の責任準備金の積み立てを求めていたら、おそらくはもっと多くの生保会社が破綻に追い込まれていたと思われます。そうして破綻を免れた生命保険会社は、逆ざや契約の損失を新たな契約者に押しつける形で、なんとか急場をしのいで現在に至るわけです。
なお、余談ですが、その後しばらくしてなぜか「責任準備金は契約時の金額から変更することができない」という珍説が出回り始めます。上記の通り、「責任準備金が不足したら追加して積み立てろ」というのは当時も今も変わらず法令に規定されており、変更できないわけがないのです。
というか、それは法令を書く立場からすれば当たり前で、契約した後に環境が変わって責任準備金が足りなくなったら追加して積み立てさせるのが当然なのであり、「どんなに経済環境が変わっても、ゼロ金利・マイナス金利の時代になっても契約時点の金額のまま固定しなければならない」などというマヌケな法令を書くはずがありません。
しかもこのルール(?)を誰ともなく「ロックイン」と呼び始めました。これは、元々はアメリカの財務会計(GAAP)にある概念で、「保険契約からの利益をとりあえず計算するためにパラメーターを固定する(ロックイン)が、経済環境が変わったらロックインしたパラメーターも見直さなければならない」というルールの中にでてくるものです。
この通りロックインとは「一度決めたパラメーターは雪が降ろうと槍が降ろうと変えられない」などというものではなく、単にパラメーターを「仮止め」するものに過ぎません。
この、「責任準備金は経済環境がどんなに変わっても固定(ロックイン)」というのは、「ウソも100回いえば本当になる」という格言が実現したものであると思っています。それが明確に法令に規定されているルールに優先するというのをみるにつけ、我が国の「法による支配」というのも、実態はなかなか不安定なものだなというのを思い知らされます。