『源氏物語』は戦国武将のたしなみだった
また、謙信の教養を思えば『平家物語』に心を打たれたという逸話はありそうなことである。
なにしろ、7歳にして春日山城下の林泉寺に入れられると、14歳までの7年間にわたって修行を積んでいる。教育係となったのは天室光育(てんしつこういく)という禅僧だ。
家康が今川家の人質だった幼少期に太原雪斎という臨済宗の僧侶から学んだように、謙信もまた禅僧からの教育をみっちり受けたようだ。
当時の戦国武将は幼き頃に、『大学』『中庸』『論語』『孟子』の「四書」や、『易経』『書経』『詩経』『礼記』『春秋』の「五経」など、いわゆる「四書五経」だけではなく、『平家物語』『太平記』などの軍記物も読み、過去の合戦から戦い方を学んでいたといわれている。
また、天室光育に宛てた書状のなかで、謙信は中国の英雄の名を挙げている。中国の歴史にも精通していたようだ。
さらに『戦国大名と読書』(小和田哲男著、柏書房)によると、武将たちは連歌会や歌会に参加する機会も多かった。そのため、教養として『源氏物語』や『伊勢物語』などの王朝古典文学も愛読していたのだという。
謙信といえば、無類の酒好きとしても有名だ。『名将言行録』には、気が置けない親しい相手と杯を交わす、謙信の姿がこんなふうに記述されている。「輝虎」とは謙信のことである。
「輝虎は酒を好んでつねに養子の景勝・直江兼続・石坂検校を相手に飲んだ」
一方で謙信は戦の前には、家臣たちにごちそうを振る舞った。山海の珍味をたっぷり用意し、アワビの黒煮、酢で洗った魚やクラゲの刺身、ゴボウや芋茎といった具材がたくさん入った汁などぜいたくな食事を「勝どきメシ」として家臣たちに与えて、戦闘モードの胃袋を満たしたのである。
家臣思いで酒好きだった謙信。きっと一杯やりながら、物語談義にも花を咲かせたことだろう。
思えば、物語というのは、世代や時代をも超えるコミュニケーションツールになり得る。
「驕れるもの久しからず」、つまり、思い上がったふるまいをする者は、長くその身を保つことはできない……。こんな『平家物語』の警句は、現代社会の組織に身を置く立場としても、多くの人が実感するところだろう。
岩波文庫版の『平家物語』(梶原正昭校注・山下宏明校注、岩波文庫)ならば、右頁に本文で左頁に注釈という2ページ構成で、じっくりと学ぶことができる。
もう少し気軽に読みたい人には、角川ソフィア文庫版の『平家物語 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典』や、古川日出男訳の『平家物語』(河出文庫)で現代語訳された物語を存分に楽しんでほしい。
「上杉謙信……泣きどころはほかにもあるでしょ!」とツッコみながら読むのも面白いのではないだろうか。