やたらと強いのに落ち込みやすい謙信

 ラストの「つまらぬ謀反」というのは「以仁王の挙兵」のことだ。

 つまり、保元の乱と平治の乱では、頼政は勝者の味方につき、平清盛から信頼されたのに、何とももったいないことを……と語り手は嘆いている。「従三位」は武士としては破格の厚遇だ。公卿に列したことを思うと、確かに不運には違いない。

 だが、謙信が泣いたのは、頼政の行く末のことではない。『常山紀談』によると、謙信は泣いた理由について、家臣たちにこう説明し始めたという。

「わが国の武徳も衰えたものだ。昔鳥羽院の時、宮中に妖怪が出現したが、源義家の鳴弦を恐れて、妖怪は忽ち消え失せたという。源頼政は鵺を射たが、それでも死なないで、猪早太がとどめをさしたという」

 頼政の活躍ぶりに思いを馳せれば馳せるほど、謙信は絶望が深くなったようだ。武士全体の衰えを嘆きながら、こう続けている。

「自分も頼政に遠く及ばぬと考えると、思わず涙がこぼれるのだ」

 もっとも『常山紀談』は江戸中期に成立した戦国武将の逸話集で、そのまま鵜呑みにはできない。だが、こうした逸話が「いかにもあの人らしい」と語り継がれていること自体に、謙信のストイックさが表れている。

 それにしても、不思議なことがある。謙信といえば戦上手で知られており、71戦中、61勝2敗8分の勝率を誇ったとされる。十分に勇猛なはずの謙信がなぜ「頼政に遠く及ばない」と嘆いたのだろうか。

 思わず首をかしげてしまうが、実は古代ローマの英雄ガイウス・ユリウス・カエサルもまた、若き日に謙信と同じように、先人の立派さに打ちのめされている。カエサルは31歳のときにアレクサンドロス大王の伝記を読むと、いきなり涙を流して、友人にこう語った。

「アレクサンドロスが世界を制覇した年になったのに、自分は何ひとつやっていないではないか」

 確かにこの時点のカエサルは、自分を着飾るためや出世するためのバラマキに浪費し、借金を重ねる始末で、政治家として何一つ結果を残していなかった。

 それでものちに英雄として活躍することを思うと、そんなに苦悩しなくてもいいのに……と思ってしまうが、それは逆だ。

 謙信にしろ、カエサルにしろ、過去の英雄を引き合いに出して、己を叱咤するような性格だったからこそ、最終的にはしっかりと結果を残し、歴史に名を刻むことができたのだろう。

 二人とも読書を通じて、先人の活躍に触れたという点は興味深い。日本では「偉人の伝記=児童書」となっているが、人生の岐路に立ったときにこそ、偉人の伝記は役立つ。

 気になる人物の評伝を読むのはもちろんのこと、謙信のように『平家物語』などの軍記物語を「先人の活躍を知る」という観点で読んでも、意義深い読書体験になりそうだ。