EUの法律と加盟国の法律は共存できているのか?
──EUはEUの単位で立法すると書かれています。EUに属する個々の国の法律とEUの法律はうまく共存できているのでしょうか?
庄司:EUの立法と各国の法律は棲み分けができています。EUの立法は個別に範囲が限定されており、規模と効果の点でも各国よりもEUで行動したほうがよい場合にはじめてEUが立法します。これを「補完性原則」と呼びます。
公衆衛生や教育などその国のアイデンティティが反映されやすい分野では各国の法律が優先されますが、貿易ルールや独占禁止法などはEU法が優先されます。ただ、ひとたびEUの法律ができると、各国の法律よりもEUの法律を優先します。
──同じテーマで、各国の法律とEUの法律で内容にずれが生じる場合もあるのですか?
庄司:あります。たとえば、日本でいうところの独占禁止法です。これをEUでは「競争法」と呼びますが、EUには競争法があり、それぞれ各国も競争法を持っています。ただ、国境を越えるようなカルテルや独占などが起きたときにEUの法律のほうで処罰されます。
──国の法律と個人の法律が食い違う例として、ワインなどのアルコールの販売に関するトラブルが紹介されていました。
庄司:EU司法裁判所の判決では、アルコールがらみの事件がとても多いのです。酒の成分や表記の方法など、各国が独自に酒造りや販売の規制の文化を持っているからです。
ドイツでは「ビール」という名称で商品を売る場合には、酵母、ホップ、水、大麦しか使ってはならないというルールがあります。そうすると、コーンスターチや米の成分の入っているビールは「ビール」という商品名では売れません。

これはEU全体で考えると非関税障壁になります。そこで、ドイツがドイツの中だけでそれをやるのは自由ですが、EUの他の国々の商品をドイツで売る場合に、そうしたルールで裁くことは許されませんというEU法の判断になる。
──本書の後半部分では「EUは必ずしもアジア太平洋の統合モデルとはならないが、ベンチマーク(比較評価基準)を提供できる」と書かれています。
庄司:EUは平和と繁栄を出発点として、国家が国家のままどこまで緊密に協力できるか追及する実験室となっています。ただ、国家間の統合の前提条件や目的は地域によって異なるので、それを無視してアジアやアフリカの国々がEUをモデルに地域統合を目指すのは不可能です。
けれども、EUを参考にして、より自分たちにあった形で部分的に真似ることはできます。オーストラリアとニュージーランドは超国家的な統合を目的にすることなく、物や人の自由移動のためにお互いのルールを認め合う「トランス・タスマン相互承認取り決め(TTMRA)」(※)という政府間枠組みを導入して成功しています。
※トランス・タスマン相互承認取り決め(TTMRA):1998年にオーストラリアとニュージーランドの間で結ばれた相互承認協定。両国間で販売されている商品は相手国でも販売可能となる。また、職業資格を持つ個人は制限なく働ける。
庄司 克宏(しょうじ・かつひろ)
慶應義塾大学名誉教授
1957年、和歌山県生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得満期退学。二松学舎大学国際政治経済学部助教授、ケンブリッジ大学客員研究員、欧州大学院大学(フィレンツェ)客員研究員、横浜国立大学大学院教授、ジャン・モネEU研究センター(慶應義塾大学)所長、慶應義塾大学法科大学院教授などを経て、現在、慶應義塾大学名誉教授、中央大学総合政策学部教授、ジャン・モネ・チェア・アドペルソナム(Jean Monnet Chair ad personam)、日本EU学会理事(2006年11月〜09年3月、理事長)専攻―EU法著書―『新EU法 基礎篇』『新EU法 政策篇』(以上、岩波テキストブックス)、『ブレグジット・パラドクス』(岩波書店)、『欧州ポピュリズム』(ちくま新書)、『はじめてのEU法 第2版』(有斐閣)ほか
長野光(ながの・ひかる)
ビデオジャーナリスト
高校卒業後に渡米、米ラトガーズ大学卒業(専攻は美術)。芸術家のアシスタント、テレビ番組制作会社、日経BPニューヨーク支局記者、市場調査会社などを経て独立。JBpressの動画シリーズ「Straight Talk」リポーター。YouTubeチャンネル「著者が語る」を運営し、本の著者にインタビューしている。


