事実上破綻したシェンゲン領域
庄司:「シェンゲン協定」とは、EUの加盟国間において国境検査を撤廃して人の自由な移動を可能にする取り決めです。EU市民であれば、パスポートチェックなしでEU内の国々を自由に動き回れるようにしようと考えたのです。
でも、ドイツ国境でフランス人が「私はフランス人ですから」と言ってパスポートチェックなしで入国しようとしても、「じゃあ、あなたがフランス人である証拠を見せてください」となり、結局パスポートを見せなければならなくなります。だから、シェンゲン領域を実現するためには、あらゆる人のパスポートチェックをやめなければなりません。
一方、EUの外から人が入ってくる場合は厳格にパスポートをチェックしていますが、ひとたび入ってしまえば、パスポートチェックなしで移動が可能です。ということは、難民や移民も、同じように一度入ってしまえばパスポートチェックなしでEU内の国々を動き回ることができます。ですから、難民受け入れのルールや方法も統一しなければなりません。
そこで、当初は国際協定として1990年に署名され、その後2003年からEUルールとして運用されている「ダブリン規則」という難民申請の共通規則を作りました。これは、難民審査の責任を負う加盟国を決める基準の1つとして「EU内で最初に入国した国」と定める規則です。
結果的にこの基準が最も使われるようになりました。EUでは難民の申請は一度しかできません。難民と認められなかった場合に他の加盟国での再審査はありません。
ただ、この取り決めには、難民が入ってくる国が偏るという問題があります。地理的な理由から、ギリシャやイタリアにはシリアやアフガニスタンから膨大な数の難民が来ます。その結果、いちいち審査していられなくなり、「もう勝手に入りなさい」と見て見ぬふりをして、来る人を入れていきました。
これではパスポートフリーが維持できませんので、シェンゲン領域において疑わしい場合はパスポートチェックを再開してもよいという例外規定が使われるようになったのです。シェンゲン領域が事実上破綻したということです。
──EUという単位に不満を抱く層を取り込むことで、欧州各国でポピュリズム政党が台頭していると指摘しています。
庄司:2015年の欧州難民危機で難民が大量に流入した結果、テロや犯罪が増加し、排外主義が高まったことが原因です。一般市民をポピュリズム政党支持へと向かわせ、ドイツのための選択肢(AfD)、フランスの国民連合(RN)、イタリアの同胞(FdI)などが躍進しています。シェンゲン協定やダブリン規則が機能不全に陥ったことで、不満の矛先がEUに向かったのです。