国務省・国防総省との摩擦
トランプ政権は、国務省や国防総省としばしば摩擦を起こした。
NATO(北大西洋条約機構)への不満、同盟国への負担要求、シリア撤退の突然の決定、北朝鮮との首脳外交、ロシアへの姿勢――。
いずれも、ワシントンの外交・安全保障官僚が長年積み上げてきた「正統派外交」とは大きく異なるアプローチだった。
その背景には、トランプ大統領が官僚機構を「遅い」「保守的」「自分の意図を理解しない」と見なしていた可能性がある。
結果として、公式プロセスを軽視し、官僚を信用せず、側近の直感やビジネス感覚を優先するスタイルが定着した。
この摩擦は、トランプ大統領が制度よりも人物を信じる統治哲学を示しているのではないか。
第2期政権で官僚機構をバイパスし、ウィトコフ特使のような「特命ルート」が台頭した背景には、第1期政権でのこうした官僚不信があるとみて間違いないだろう。
崩れたインターエージェンシー
米国の国家安全保障政策を支える「インターエージェンシー(interagency=省庁横断調整)」とは、国務省・国防総省・財務省・情報機関など複数の省庁が集まり、政策をすり合わせる「省庁横断の合意形成システム」である。
第2次世界大戦時の省庁乱立による混乱を経て、1947年の国家安全保障法で制度化された(注:各種委員会の実運用はその後の大統領令・実務慣行による)。
ヘンリー・キッシンジャー(元国家安全保障担当大統領補佐官、国務長官)による運用改革を経て、冷戦後、NSCを中核とする省庁横断調整は、PC(Principals Committee=閣僚級)、DC(Deputies Committee=次官級)、PCC(Policy Coordination Committees=実務レベルの政策調整)といった重層的な枠組みで運用されてきた。
米国の安全保障政策は、この仕組みを通じて総合・調整されてきた。
しかし第1期トランプ政権では、この歴史的プロセスがほとんど機能しなかった。
会議が開かれず、文書が上がらず、大統領が突然方針を変え、側近が独自に動くという事態が繰り返され、第1期の多くの期間、伝統的なインターエージェンシー調整プロセスが十分に活用されなかった。
その背景には、トランプ大統領が官僚の合意形成を「遅すぎる」と見なし、「耳元の助言」を重視するスタイルを採用したことが挙げられる。
結果として、インターエージェンシー制度は空洞化し、人間関係が政策を決め、「誰が大統領に近いか」が権力の源泉となる構造が生まれた。
このインターエージェンシーの事実上の崩壊は、トランプ政権が制度ではなく側近ネットワークで動くという本質を示している。第2期政権で見られる「側近集中型統治」は、この延長線上にあるとみていい。