「禊は済んだ」のロジックは破綻している

 筆者が強い違和感を覚えるのは、自民党内、とりわけ高市総理や党幹部の間で共有されているとおぼしき「禊は済んだ」という認識である。

 彼ら彼女らのロジックはこうだ。「裏金問題に関与した議員も、その後の選挙を経ている、あるいは党の処分を受けた。だから政治的責任は果たされた」と。しかし、この理屈はデータを見れば直ちに破綻する。

 今回の2026年総選挙において、自民党は45名(報道によっては43名、37名など数え方に揺れがある。これは前回総選挙の不出馬や無所属などの扱いによって変わってくるのだが、ここでは広義に捉えておく)のいわゆる「裏金議員」を公認候補として擁立している。

「裏金候補」45人出馬 1人除き自民公認【26衆院選】:時事ドットコム
自民、「裏金議員」43人を公認、重複立候補も 23人は前回落選…高市首相「働くチャンスをもう一回」:東京新聞デジタル
自民、比例名簿に裏金議員42人登載 石破政権の閣僚3人は下位処遇:朝日新聞

 だが、冷静に数字を分析してみてほしい。この45名の公認候補のうち、前回の選挙(2024年あるいはその後の補選等)で、自民党公認として、あるいは無所属として出馬し、当選(小選挙区勝利)を果たして「国民の信任」を得た者は実は半数にも満たないのである。

 今回公認された裏金議員のうち、20名強は、前回の選挙で「落選」しているか、あるいは「出馬していない」者たちなのである。

 具体的には、「自民党から出馬して落選した者」「無所属で出馬して落選した者」そして「出馬を見送った者」たちに大別することができる。

 この候補者らは前回の選挙において、有権者から明確に「No」を突きつけられたか、審判の土俵にすら上がっていない。つまり、彼らに関しては、論理的に考えて「禊が済んだ」と言える根拠が何一つ存在しないのである。選挙で勝っていない人間に、「選挙を経たから禊は済んだ」というレトリックを適用することはどう考えてもおかしい。

 有権者に対する欺瞞であるとさえいえるだろう。前回落選したということは、その時点での民意は「あなたには議員の資格がない」というものであったはずだ。

 その後、彼らはどのような方法で信頼を回復したというのだろうか。単に時が過ぎたこと、あるいは党内の力学で公認が得られたことが、なぜ「禊」になるのかはさっぱり理解できない。自民党執行部の説明は、この点において決定的に説得力を欠く。