大学院終了後にデータスタジアムに入社、アナリストの道へ

 1990年代半ば、日本の野球界では「アソボウズ」という会社がユニークな存在として台頭してきた。創業者の片山宗臣氏は「動画解析システム」「スコアメーカー」などスコアラー業務をサポートする分析システムを開発。これを駆使した野村克也監督率いるヤクルトスワローズが、1995年の日本シリーズでオリックスのイチローを封じ込めたことで、大きな話題となった。

 この「アソボウズ」が端緒となって日本では、野球の統計学であるセイバーメトリクスに、データ分析や打球の計測技術、バイオメカニクス(生体力学)などを組み合わせた「データ野球」の分野が急速に発展したのだ。

 金沢氏は大学院修了後、この「アソボウズ」の流れをくむデータ分析会社の「データスタジアム」に入社する。

「当時のデータスタジアムはメディア向けにはプロ野球の『一球速報』を配信していましたが、同時にプロ野球チーム向けに試合のデータも提供していました。僕は、最初は『一球速報』の配信の監視から入りました。そこから先輩社員が退社したこともあって、野球のアナリストとしての仕事がメインになっていきます」

 2014年の日米野球では、金沢氏はデータスタジアムのアナリストとして、設立間もないNPBエンタープライズの関係者に様々な提案をしていたが、その縁もあってインターネット配信での解説者も務めている。

 この時期、NHKはスポーツの「データとしての側面」に注目し始めていた。2013年には、「スポーツの真実は数字にあり」と銘打って、アスリートのデータ的な側面にスポットを当てた『データマン』という番組をBSで始めた。

 2014年、同じくデータに焦点を当てたプロ野球番組『球辞苑』を始める。金沢氏はこの番組に出演し、アナリストとして様々なデータを紹介する。アナリストとしての登場回数は最多だった。