韓国の「パクリ」に眉をひそめる前に

 デジタルアートが広がるにつれ、韓国に住んでいると「オリジナルとは何か」という問いが無意味に思えることがある。引用、リミックス、再配置、生成。どこまでが模倣で、どこからが創造なのか、その境界は溶け出しつつある。AIツールを使えば誰でも画像を合成し、現実顔負けの非現実を作り出すことができる。

 この国はもともと、借用や改変に対して比較的寛容な文化圏である。既存のイメージやモチーフを大胆に取り込み、新しいモノとして提示することに、罪悪感を抱かない人も多い。

 もちろん法的な問題や倫理的な線引きは存在するだろうが、機能しているのかどうかは疑問で、韓国旅行に一度でも来れば、ポッキーのような、かっぱえびせんのような、十六茶のような、でも違う商品を見ることができる。「パクリ」と呼ばれるものが横行しているのは、もはや文化で、日本人として思わず眉をひそめたくなる場面に出会うことも多々ある。

 先日、KTXという韓国の高速列車に乗った時のことである。駅の構内で、日本の某コーヒーショップを彷彿とさせるデザインを見かけたのである。思わず写真を撮ってみたが、こうした細部に目くじらを立ててしまうところが、日本人なのだろうな、と筆者は思ってしまった。

 韓国人医師の友人がいる。彼は旧暦を非科学的な文化だと呼び、旧正月と旧暦の中秋で休みになるたびに、この国も新暦で社会を動かすべきだと主張している。学校も欧米に合わせて9月に始まるべきだとも言っていた。でも日本文化も好きで、特に葛飾北斎の大ファンであることを公言している。

 その葛飾北斎の作品は、世界中で引用され、加工され、変形され、繰り返し呼び出される。

 筆者は日本にいた頃は、その価値をあまり理解していなかった。有名な画家らしい、授業で習った、富嶽三十六景──その程度の認識であった。しかし海外に出て、「HOKUSAI」が世界をどれほど強く刺激しているかを目の当たりにしたとき、ようやく実感した。リメイクされ、模倣され、パロディにされるということは、それだけ「借りたくなる力」を持っているということなのだ。

 1988年、小学校5年生だった筆者は、両親に連れられ、国立西洋美術館で開催された「ジャポニスム展」に行った。幼かった筆者の目に焼き付いたのは、ゴッホの「タンギー爺さん」の背後に貼られた浮世絵だった。そして、マネの「笛を吹く少年」が驚くほど大きかった。あのときの圧倒感だけは、今でも脳裏に焼き付いている。

 自分が住んでいる日本という小さな国は、実は世界の美術史の中で大胆に影響を与えてきた存在であったということを、初めて知る瞬間だった。

 では北斎は、あの巨大な波をどのように描いたのか。