まだ不確実なところがあることを考えると、長期評価は地震や津波に関する評価として、むしろ不十分ではないかと多くの研究者は感じたのではないかとも濱田さんは言う。

「長期評価では貞観の地震*5の評価がまだ進行中だった訳で、評価が厳しくなる可能性はあっても軽くなる可能性はなかったはずです。2004年12月のスマトラ沖地震が、マグニチュード(M)9クラスの地震が起こるとは考えられていなかったプレート境界で起きて、我々の持つわずかな知識から『ここでは大きな地震や津波は起きない』などと思い込むことがどれだけ危険か、改めて思い知らされました。東京電力にとっては、事実を素直に受け止めて、せめて長期評価くらいは取り入れようという契機となり得たはずです」

 株主代表訴訟の東京地裁判決は「地震や津波という自然現象は、本質的に複雑系の問題であって、理論的に完全な予測をすることは原理的に不可能である上、実験ができないので過去の事象に学ぶしかないが、過去のデータが少ないという限界がある」*6と認めた上で、それを考慮しても東電の旧経営陣が津波対策をしなかったことに責任があるとしていた。

 最高裁の集団訴訟判決でも、三浦守裁判官は「確立した見解に基づいて確実に予測される津波に限られるものではなく、最新の知見における様々な要因の不確かさを前提に、これを保守的に(安全側に)考慮して、深刻な災害の防止という観点から合理的に判断すべきものである」と意見を述べている。

 一方で、株主代表訴訟の高裁判決は、地震を予測する科学に、どうしても残る不確かさを、東電の旧経営陣がどう取り扱うべきだったのか、その判断をきちんと示せていない。そこが大きな弱点だ。

*5 869年(貞観11年)に東北地方を襲った大津波。ほとんど記録がなく実態がわかっていなかったが、1980年代後半から地層に残された津波の痕跡(津波堆積物)の研究が進み、311前には、宮城県沖を中心にM8.4程度もしくはそれ以上の規模を具体的に推定できるようになっていた。2011年の東北地方太平洋沖地震は、地震本部が2002年に長期評価で予測した津波地震と、貞観地震という二つのタイプの地震が同時に起きたと考えられている。

*6 東電株主代表訴訟判決 p.269

科学と司法の不幸な関係は続くのか

「科学者の中には、原発断固反対だが、科学者は司法の場に関わるべきではないという人もいます。その辺について司法に強い疑念、不信感を持っているのでしょう」とも濱田さんは述べている。

 学会でのオープンな議論と異なり、電力会社側がどんな主張をしているのか、その法廷でのやりとりは、外部からはわかりにくい。法廷で傍聴していても、電力会社側に質問や議論はできない。そして地震の科学について、裁判所の判決は、しばしば不可解だ。

 地震の予測をめぐり、おかしな判断が裁判所でなされていても、地震学者の多くは近寄らないようにしているように見える。産官と一部の研究者が一体となった原子力業界が、潤沢な裁判費用を費やして防戦している裁判の場を、科学的な議論判断が出来る場所ではないと見ているのだろう。

「地震多発国日本における原子力発電所の設置については、地球科学に密接な関連を持つにもかかわらず、一部の地震・地質研究者が耐震安全性の観点から関わってきたのを除いて、多くの研究者は一種のタブーとしてあえて無関心な態度をとり続けてきたように思える」

 日本地震学会は、東電事故4年後にまとめた報告書*7で、多くの地震の研究者たちが原発の問題に関わらないようにしてきた状況をこう反省した。

「科学者は興味のあることを追求する人達なので、興味を覚えない限り手を出そうとしないと思います。タブーと思ってはいないけど、首を突っ込むと面倒ということは思っていたでしょう」と濱田さんは見る。

 濱田さんのように声を上げる人は、事故後もとても少ない。しかしこんな関係が続くようであれば、また、事故を引き起こしてしまう可能性があるだろう。

*7 日本地震学会モノグラフ「日本の原子力発電と地球科学」編集委員会 2015年3月(https://www.zisin.jp/publications/pdf/monograph2015.pdf