「防御的な盾」から「攻撃的な介入の矛」に変質したモンロー主義
モンロー主義は欧州の紛争に介入せず、米国への不干渉を求める外交方針と説明されるが、西半球における米国の覇権を確立するための宣言だった。セオドア・ルーズベルト大統領は中南米諸国で慢性的な不正が見られる場合、米国が国際警察力を行使する権利があると宣言した。
これによりモンロー主義は「防御的な盾」からカリブ海や中南米諸国への「攻撃的な介入の矛」へと変質した。1900~30年代、米国はパナマ、ドミニカ、ハイチ、ニカラグアに次々と軍事介入を行い、トランプ氏が言う「西半球の地主」として振る舞っていた。
今回のケースは1989年12月のパナマ侵攻を思い起こさせる。ブッシュ政権(父)は麻薬密売に関与し独裁体制を敷くマヌエル・ノリエガ排除と運河の権益保護のためパナマに軍事侵攻し、90年1月投降したノリエガを米国へ移送した。ノリエガは麻薬犯罪などの罪で有罪判決を受けた。
トランプ氏は自由と民主主義の建前外交を捨て、モンロー主義に潜む「力による縄張り管理」という本音を「ドンロー主義」として露骨に再定義した。トランプ氏が「地主」という言葉を使うのはMAGA(米国を再び偉大に)支持層に「損をしない外交」を印象付ける戦略だ。
トランプ氏が2016年、24年の米大統領選で勝利した大きな理由の一つは、エリートが始め、失敗したアフガニスタン・イラク戦争への攻撃だった。イラク戦争を「史上最悪の決断」と徹底的に批判し、疲弊した米中西部の元工場労働者や戦地に子供を送った家族に支持を広げた。