序盤で早くも発揮される「秀長の交渉力」
ドラマの前半でキーパーソンとなるのが、尾張の織田信長だ。秀吉が信長と出会ったことで運命を大きく変えたことはよく知られているが、弟の秀長にとってもそうだった。
秀吉や秀長の母「なか」は、百姓だった木下弥右衛門と結婚。弥右衛門が亡くなると、織田信秀の同朋衆である筑阿弥と再婚したとされる。だが、弥右衛門と筑阿弥の出自ははっきりしておらず、2人は同一人物だという説まである。
秀吉と秀長の実父については判然としないが、仮に別人だとしても、秀吉が立身出世をした後の文献に父の記述は出てこないため、2人とも早くに亡くなっていたようだ。
弟の秀長が母のなか、姉のとも、妹の朝日を支えるべく農作業に打ち込む中、兄の秀吉はふらふらと放浪生活を送っていた。秀長からすれば、兄の秀吉に対して「自分とは生き方が違う」と感じていたことだろう。
ところが、秀吉が17歳で信長に仕えたことで、数年後に秀長も信長のもとで働くことになり、武士へと転身。以後は、信長のもとで秀吉が出世するにしたがい、秀長の役割が増えていき、次々と難しいミッションが課せられることになる。
『豊臣兄弟!』で、おそらく最初の大きなミッションとなるのが、墨俣(すのまた)城の築城だろう。
1566(永禄9)年、信長は美濃を攻略するために、敵地の墨俣に城を築くことを家臣たちに命じた。すると、秀吉がその難しいミッションを率先して引き受け、たった一夜で城を築いてしまったという逸話がある。
秀吉は、美濃を支配する斎藤方の武士に妨害されないように、斎藤方の攻撃から防御するチームと、築城に専念するチームに分け、効率的な作業ルールを定めたらしいが、それだけではない。尾張と美濃の国境を流れる木曽川沿いに勢力を持つ国衆「川並衆」の協力を取りつけたことも、成功の要因となった。
このときに、川並衆を率いる蜂須賀正勝(はちすか まさかつ、通称:小六)を説得したのが、弟の秀長だったという。
ただし、これらの逸話が紹介された『武功夜話(ぶこうやわ)』は誤りが多い史料なので、フィクションだとする向きも強く、墨俣城の実在さえも疑問視されている。とはいえ、たとえ創作だとしても、秀吉や秀長が後世でどう評価されていたかを知る一端にはなるだろう。
ドラマでは、蜂須賀正勝を高橋努が演じている。蜂須賀正勝からすれば、敵地で身をさらして城を築くリスクを考えれば、簡単には引き受けられない。それだけに、秀長がどうやって正勝の心を動かしたかに、ドラマでは注目してほしい。
秀長の巧みな交渉力は、後に有力な戦国大名相手にも発揮されることになる。