ケース①:東京から福井へ、宿場町を舞台に事業を多角化
2011年に東京都中央区で創業した株式会社デキタは、福井県若狭町でシェアオフィスと宿泊施設、食品加工施設を運営している。
同社が「街道シェアオフィス&スペース菱屋」(ひしや)と、宿泊施設の「八百熊川」(やおくまがわ)を置く熊川宿は、江戸時代に福井と京都をつなぐ鯖街道(さばかいどう)の宿場町として栄えた場所である。奉行所や番所の跡など歴史的な町並みが残る風情ある景観が特徴で、1996年に文化庁から重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。
街道シェアオフィス&スペース菱屋は、築140年の古民家を改修した施設である。10坪から20坪の部屋が7部屋あり、月額3万7000円から利用できる。現在は、若狭町の湧き水でコーヒーを提供するカフェやキャンプ用品、登山用品を販売するアウトドアショップなどが入っている。
熊川宿の「街道シェアオフィス&スペース菱屋」
八百熊川は全3棟4室の宿泊施設である。宿泊料は1人当たり1万9000円から2万1000円である。八百熊川には「熊川宿周辺の環境の八百(すべて)を楽しんでほしい」という意味が込められている。年間で約1800人が宿泊し、約20パーセントが訪日客である。
代表取締役の時岡壮太さんは福井県おおい町の出身で、東京の大学に進学し大学院で地域のまちづくりについて研究したのち、施設開発コンサルティング会社に入社した。3年間働いた後、2011年に東京都でデキタを設立した。
自治体や第三セクターから施設開発コンサルティングの仕事を受注していたが、委託事業として携わるのではなく、自分で何かを運営したいと考えるようになった。かねてから大学院時代の研究を生かして、時間をかけて地域のまちづくりに挑戦したいという思いもあった。
ちょうど同じ頃、時岡さんは東京で定期的に開催されていた福井県人会で、若狭町役場の職員と知り合った。まちづくりに関する事業を始めたいと考えていることを話したところ、若狭町にぜひ来てほしいと言われた。
デキタ代表取締役の時岡壮太さん
若狭町でのビジネスを考えるに当たって、時岡さんは熊川宿に何度か訪れた。熊川宿には状態の良い古民家が多く、歴史的な町並みが残っている。しかし、約140戸の古民家のうち40戸が空き家の状態であった。
時岡さんは空き家になっている古民家を活用できないかと考え、人々が交流し集まる場所としてシェアオフィスをつくりたいと若狭町の町長に説明したところ、候補となる物件のオーナーを紹介してもらえた。そして2018年4月に街道シェアオフィス&スペース菱屋をオープンした。
その後、同社は2018年7月に東京都から福井県若狭町へ本社を移転した。時岡さんは2019年3月に若狭町に近い福井県敦賀市に移住した。
熊川宿での事業を軌道に乗せるためには、まず新参者である自分が、地域に住む人たちに受け入れられる必要があると考えた。そこで東京での施設開発のコンサルティング経験を生かして、若狭町役場の協力を得て熊川地区のまちづくりについて話し合う会議を催し、約6カ月かけて熊川地区の目標や指針を完成させた。
話し合いのなかで、時岡さんは自分のまちづくりに対する思いを知ってもらうことで、少しずつ地域に溶け込んでいった。
事業を広げていくにつれて、多方面から人材が集まってきた。現在、同社では8人の正社員、15人のパート従業員が働いている。正社員に若狭町出身の従業員はおらず、多くの従業員は入社をきっかけに若狭町へやってきた。パート従業員15人のほとんどは熊川宿の婦人会のメンバーで、主に宿泊客への仕出しを担当している。
2022年には自社の食品加工場をつくり、若狭町で栽培している山内かぶらや、熊川宿に自生する熊川葛(くまがわくず)を使った茶葉など、オリジナル商品の生産を開始した。熊川葛を使った料理体験や葛湯づくり体験などを、熊川葛振興会の協力を得て宿泊プランに組み合わせている。
東京から移転後、売上高は約4倍に拡大した。「ヒト・モノ・カネが限られている地域では、単一の事業だけを大きく育てるのは難しい」と時岡さんは言う。限られた経営資源をフル活用するために、地域住民の協力を得ながら、事業を多角化している。